Photo Provided by Dr Anna Wilkinson
ウィルキンソン博士のアカアシガメ。生後3日目のジョフ(左)と12歳のモーゼス。一匹ずつ名前がついている(ウィルキンソン博士提供)

日本動物心理学会は、動物の心と行動を研究する科学者たちが集まる学会だ。1933年に創立され、長い歴史を誇る。今月初め、東京で開かれた学会大会で英国リンカーン大学のアンナ・ウィルキンソン博士が講演した。2011年にイグ・ノーベル賞を受賞した、まだ若い女性研究者だ。

この賞は人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究に与えられる。彼女は「あくびの伝染はアカアシガメには見られない」と題した研究で、生理学賞を受賞した。

アカアシガメの寿命は約35年。陸ガメで、体長は50センチくらいになる。研究室には大小とりまぜて24匹いるそうだ。好物はイチゴ。雑食性で、月に1回は肉も与える。

講演では、カメの社会的知性(他者とうまくやっていくための能力)について、授賞理由となった研究を含め、3つの実験を通して紹介した。

第1は視線の追従である。あなたが友人と向かいあって食事をしているとき、相手がふと上を見る。きっとあなたも見上げるはずだ。カメもそうするかどうか調べた。

透明な板で仕切った隣り合う部屋に、それぞれカメを置く。仕切りの上部は板張りで、向こう側は見えない。問題はどうやって友人役のカメに上を見てもらうかだ。

ウィルキンソン博士は、レーザーポインターを使うことを考えついた。画面に赤い光点を投影し、ここを見てくださいと示す道具だ。光点を、友人役の側の板張りの部分に当てた。「何かな?」とカメは上を見る。すると、それにつられてテストされる被験者のカメも見上げたのである。

次に、友人役のカメの種類をいろいろ変えて試してみた。被験者と違う種類のカメよりも、同じ種類のカメが友人役をした方が、視線をよく追従したという。

第2は模倣だ。見てまねるというのは、きわめて高度な知性だ。これを検証するために、まず友人役のカメに回り道課題を学習させた。

カメと食物の間に障壁となる透明な壁を置く。カメは食物に近づこうとするが、壁がじゃまだ。右か左に迂回すれば良いのだが、これがカメにはむずかしい。どうしても目先の食物に向かってしまい、遠ざかることができない。何度も繰り返しているうちに、あるとき偶然成功する。さらに続けると、なめらかに回り込めるようになる。

そのようすを、隣にいる被験者に見てもらった。するとたった1度見ただけで、成功する者がいたという。しかも友人役が右回りすればちゃんと右へ、左回りすれば左へ行くことがわかった。

第3があくびの伝染である。人間は他人があくびをすると、つられてついあくびをする。最近の研究から、チンパンジーやイヌでもあくびの伝染が見られることがわかっている。社会生活を営む動物では相手に共感する力が重要で、共感のために伝染するとの説が有力だ。だがカメは集団では暮らさない。カメのあくびはうつるのか。

まずカメがあくびするところをビデオに撮影して、被験者のカメに見せてみた。人間やチンパンジーやイヌの研究と同じ手法だ。あくびは伝染しなかった。

本物のカメにあくびをしてもらったほうが強力だろうと博士は考えた。そこで、また透明な間仕切りのある部屋に2匹のカメを入れ、今度は食物を細いナイロンの糸でつるし、友人役の頭上に持って行った。板張りのために、隣の被験者からは食物は見えない。

友人役のカメは食べようと大きな口を開ける。あくびとそっくりな行動だ。だが、被験者がそれを見て口を大きく開けることはなかった。アカアシガメではあくびが伝染するという証拠はない、という結論になる。

これまで哺乳類や鳥類の心は研究されてきた。だがカメとなると約3億2千万年前までさかのぼらないと人間との共通祖先にたどり着かない。その心は謎のままだった。

はるか昔に分かれた同朋では、あくびは伝染しなかった。だが視線は追従するし、模倣もするとわかった。冷血動物には、彼らから見た世界がある。パイオニアの研究から、カメの心の一端が見えてきた。

日経新聞連載新聞記事『カメのあくび うつらない』
出典:日経新聞2015年09月27日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第20回『カメのあくび うつらない』