Image Credit: Tetsuro Matsuzawa /Primate Research Institute, Kyoto University ポルトガルの野生ウマ
オオカミの絶滅を防ぐため、野生馬を捕食させている
(ポルトガルのシエラアルガ山)

日本とポルトガルとの懸け橋だった研究者、クローディア・ソウザさんが昨年、39歳の若さで亡くなった。わたしの教え子である。国費留学生として来日し、京都大学でチンパンジーの認知を研究した。2003年に博士号を取得して故国に戻り、サルのいないポルトガルの初の霊長類学者として、新リスボン大学の准教授になっていた。

この10月、リスボンで開かれた一周忌の記念シンポジウムに参加した後、ガラノと呼ばれる小型の野生馬の生息地に向かった。ソウザさんが仲介してくれた現地調査で、6月に続き2回目だ。

京大野生動物研究センター教授の平田聡さんとともに野生馬の生息地を広く見て回り、調査地を絞り込むのが目的だ。4日間で3地点を訪れた。

最初はペネダ・ジェレシュ国立公園の東部にある高原だ。緩やかな起伏の丘に、トゲのあるヒースが生えている。朝霧の中に一群がいた。スタリオンと呼ばれるおとなの雄を中心に雌と子どもたち10頭でつくる、典型的なハーレムの群れだ。

標高約1300メートル。秋も深まり風が冷たい。やがて小雨もぱらついてきた。吹きさらしで寒いので、風下の小さな灌木の茂みにじっと身を寄せ、近づく群を眺めた。

500メートルほど離れた緩斜面にもう1群いた。馬たちは鼻面を地面にこすりつけるようにして草をはむ。ときどき頭をあげてじっとわたしを見つめ、また草をはむ。

そのうち、3頭が頭を上げたままこちらに近づいてきた。ゆっくりだが歩みを止めない。距離はどんどん縮まり、3メートルほどまで近づいてきた。ビデオをまわしながら思わず後ずさりし、茂みの裏に回り込んだ。

馬たちはわたしのいた場所まで来ると、ぴたりと止まった。ほかの馬たちも集まってくる。なんだ。彼らも茂みで風をしのぎたかったのだ。ほっとして気が抜けた。

次に国立公園の西部にある山岳地帯に向かった。稜線に出ると、遠く向こうのふもとに一群を見つけた。小高い丘に登って双眼鏡で見渡すと、平田さんが山腹に小さな馬影を見つけた。丘を下り、その方角を目指して、岩とヒースの斜面を登っていった。

彼らもこちらに気づいていたらしい。岩山を上ってくる怪しい影を警戒したのだろう。現場にたどり着くと、スタリオンが上からしげしげとこちらをのぞき込んでいた。

最後に訪れたシエラアルガという山は国立公園に指定されておらず、地元の人たちと野生馬がともにすんでいる。車で頂上まで行く途中で1群を、平たんな頂上を歩き回ってさらに3群を発見。平田さんと分担して、頂上の3群を観察していると、2つの群れが合流した。「ブルルッ」「ヒヒーン」という2つの声がしきりに聞こえる。

突然、1頭が群れから離れ、さっそうと駆け去った。それを機に集団は再び分かれ、移動していった。移動を始めるのはおとなの雌の役割で、雄はしんがりだ。GPSやドローンによる調査が役立ちそうだ。

オオカミに捕食された頭と四肢の骨を2体分見つけた。馬は前歯に当たる切歯と、奥歯である小臼歯と大臼歯がそれぞれ上下に6本ずつある。雌は犬歯を持たない。頭骨に残っている歯と摩耗の具合から、老齢の雄と1歳になるころの子どもだとわかった。オオカミが馬を常食にしている。

村人はなぜ、馬たちが捕食されるのを放置しているのだろう。じつはオオカミを保護しているそうだ。ヨーロッパオオカミは絶滅の危機に瀕している。野生馬がいれば、オオカミは石垣の中にまで踏み込んで羊や牛や鶏などを襲ったりしない。小型で肉も多くは取れない馬を犠牲にし、家畜を守ると同時にオオカミの絶滅を防いでいる。

ポルトガルの野生馬はこれまであまり調査されていない。子どもはいつ頃どのように群れを出るのか。スタリオンはどのように代がわりするか。社会と生態を研究し、アフリカの野生シマウマと比較する必要がある。そして人とオオカミと馬のユニークな生態系を成り立たせている地元の人々のくらしや考え方もぜひ知りたいと思った。

日経新聞連載新聞記事『人と馬とオオカミの生態系』
出典:日経新聞2015年11月15日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第26回『人と馬とオオカミの生態系』