Image Credit: Takashi Hayakawa /Primate Research Institute, Kyoto University
集まってサルだんごをつくる小豆島のサル。寒いほど大きなかたまりになる(撮影:早川卓志氏)

11月末の3連休、中国の広東省広州市に行ってきた。中国と台湾の双方で尊敬されている孫文(孫中山)の名前を冠した南部の名門校、中山大学で講演するためだ。5つのキャンパスを持ち、約9万の学生を擁する巨大な大学である。市内を流れる珠江のほとりにあり、シンボルの広州タワーを望むキャンパスは、若い人々であふれかえっていた。

講演は日曜日だったにも関わらず、多くの聴衆に恵まれた。考えてみると、中国10億の民のなかに、チンパンジー研究者は1人もいない。中国に霊長類学という学問が生まれたのも、ごく最近のことだ。社会的な認知もまだ浅い。

講演は中山大学副教授の張鵬(チャン・ポン)さんの招きで実現した。中国には数少ない霊長類学者の一人だ。中国の大学を卒業し、霊長類学を志して京大の大学院に入った。霊長類研究所を拠点に野生ニホンザルの研究をし、博士号を得た。中国に戻り、2014年に中国霊長類学会が設立されると、36歳の若さで初代の総書記になった。

長野県の志賀高原にある地獄谷野猿公苑に、温泉につかるサルがいるのは有名だが、じつはその詳しい実態は、張鵬さんの研究によって初めて明らかになった。

サルの全員が湯につかるわけではない。約4分の1だ。雌のほうがよくつかる。おとなの雄や若者はあまり入らない。二ホンザルは母系社会だが、順位が高い母親ほど温泉を好み、母親が入ると子どもも入るようになる。寒いほどよく入るので、やはり体温調節に利用しているようだ。

小豆島のサルが互いに身を寄せ合う「サルだんご」という現象について、詳しく報告したのも張さんだ。その姿はまるでおしくらまんじゅう。夏は平均3~4頭だが、寒いと集まる数が増える。冬は16~17頭で、100頭を超えることもある。

サルは北は下北半島まで広く分布しているが、サルだんごを作るのは小豆島のサルだけだ。特に気温が低い地域でもないのに、なぜだろうか。

じつは小豆島のサル社会は、きわめて他者に寛容だ。隣り合ってエサを食べると、普通は強い方が弱い方を追い払うが、小豆島のサルは黙認する。よくけんかもするが長続きせず、すぐ仲直りの毛づくろいをする。

日本にはニホンザルー種しかいないが、中国には26種類の霊長類がいる。今年3月、チベット南東部で「シロホホマカク」(仮称)という新種を発見したとの論文が出た。顔のまわりに白いひげがあって尾が短い。同じ場所に生息するアカゲザルとは明らかに違う。

霊長類はとうに発見され尽くしたと思われていたが、21世紀になっても新種の霊長類が発見される中国の奥深さに、みな一様に驚いた。

わたしと中国との付き合いは山登りから始まった。1988年にウイグル自治区のムズターグアタに登ろうと交渉を始め、翌89年に登頂した。

天安門事件の年である。事件の前に北京を通過し、1ヵ月余り山で過ごし、北京に戻ったのが事件の3日後だ。あの広い天安門前広場が戦車と装甲車でびっしりと覆われ、街の角々に争乱の残骸が山と積まれていた。

その後、北京大学での集中講義や、国際霊長類学会のためにたびたび中国を訪れるようになった。2013年からは、孫悟空のモデルともいわれるキンシコウというサルの調査を雲南省で始めている。

今年はマラリア特効薬の発見で屠呦呦(ト・ユウユウ)さんがノーベル賞に輝いた。自然科学分野での中国人の受賞は初で、さぞ沸き立っているだろうと思ったがそうではなかった。ノーベル賞という西側の賞、特に平和賞への不信感がある。研究チームとしての業績を一女性に帰することにも違和感があるという。

広州に滞在した最後の日に中山紀念堂を訪れ、孫文の足跡をたどった。日清戦争をへて辛亥革命を起こし、中華民国を成立させた、「国父」と呼ばれる政治家だ。

中国の近現代史は日本のそれでもある。今後も歳月をかけて日本と中国の間にささやかな橋をかけ、この変貌の著しい隣国を見守っていきたい。

日経新聞連載新聞記事『中国 霊長類学の芽吹き』
出典:日経新聞2015年12月06日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第29回『中国 霊長類学の芽吹き』