長年「チンパンジーから見た世界」を研究してきたが、新たに「ウマから見た世界」を調べてみようと考えた。ウマは人間と同じく、草原のように開けた環境に適応して進化してきた。だが目が頭の側面にあるなど、人間とは身体の形が違う。ウマの目に、この世界はどんな風に見えているのだろうか。

きっかけは乗馬について研究している仏ソルボンヌ大学のカルロス・ペレイラさんの提案である。京都大学霊長類研究所の同僚、友永雅己さんを中心に研究を始めた。実験に参加したのは乗馬クラブのポニー3頭だ。

これまでチンパンジーの研究で培ってきた、コンピューターのタッチパネルに触ってもらう手法を使った。ウマは手ではなく鼻面で触るので、ずっと大きい42インチのモニターにした。

まず、ウマに大きさの区別がどこまでできるかを調べた。白い画面に2つの黒い円を映し出す。直径13センチの大きな円と直径3センチの小さな円で、大きな円に鼻先で触れたら正解だ。ごほうびにニンジンを1切れもらえる。

左右をでたらめに入れ替えながら12回テストし、10回以上正解したら、直径13センチと3センチは区別できたと判断する。次に小さい円を3ミリだけ大きくして、同様のテストを繰り返す。

小さい方の円を徐々に大きくし、13センチに近づくにつれて、当然間違いが増えてくる。12回のうち正解が7回に達しなかったら、小さい円を1段階元に戻してやり直す。

さらに大きい方の円を直径6.5センチのものに替え、同様のテストをやってみた。一連の実験の結果、隣り合う円の大きさが14%違えばウマはその違いを区別できることがわかった。人間やチンパンジーで同様に実験すると、もっと小さな違いを区別している。霊長類に比べ、ウマは大きさの違いに鈍感だ。

次に、ウマがどのように形の違いを把握しているかを調べる実験をした。黒い円を輪郭だけ残して○にし、隣に×を置いた。○を触れば正解で、ニンジンがもらえる。

同様の手法で、色々な図形を試してみた。用意した図形は、全部で8つ。○、×のほか、△、□、Z、H、S、そしてDという字を時計と逆に90度回したカマボコ型である。この8つの図形から2つを選ぶ組み合わせは、全部で28通りだ。この28組について、それぞれどの程度区別できるか調べていった。

テストの終了後、数学的な手法を使って、互いに混同しやすい図形ほど近く、間違えずに区別できる図形ほど遠くに配置して整理してみた。同様の実験を人間、チンパンジー、イルカで実施しているので、これらの結果と比較したところ、図形の配置はどの動物でもよく似ていた。

樹上をすみかとしたチンパンジーと、水中に進出したイルカと、陸上の開けた土地にすんできたヒトとウマ。まったく違った環境に適応しているにもかかわらず、ものの形の見え方は基本的に共通なのである。

だが図形のもつ性質、つまり丸いか直線か、閉じているか開いているか、縦横か斜めかといった点に注目して詳しく調べると、細かい違いも見えてきた。人間やチンパンジーでは○とカマボコ型はごく近くに配置しているが、ウマではやや離れている。この2つの図形は、ウマにはあまり似ては見えないようだ。

Image Credit: Masaki Tomonaga /Primate Research Institute, Kyoto University タッチパネルをさわろうとするウマ
SとXの文字を見分け、Sのほうを鼻面でさわろうとするウマ(撮影:友永雅己氏)

また人間の場合、○とカマボコ型、さらに□といった閉じた図形同士はそこそこ近く、それなりに似て見えるが、ウマにはそうではない。全体の見え方よりも部分の相違の方にひきずられる。

じつはこれは、人間以外の動物には共通した傾向だ。逆に言うと、人間だけが、細部の違いを区別しつつも全体に注目する、特異な動物だということが見えてきた。

形や大きさがどう見えるかという「心」の世界と、図形の大きさや形が実際にどうかという「物」の世界をつなげる研究は、心理物理学と呼ばれる。同じ方法と同じ装置を使うことで、人間とそれ以外の動物の見え方を比較できる。「比較認知科学」と呼ぶ、われわれが始めた学問で、「人間とは何か」という問いに新たな光を当てている。

日経新聞連載新聞記事『馬の目が見る世界の形』
出典:日経新聞2015年12月20日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第31回『馬の目が見る世界の形』