Image Credit: Tetsuro Matsuzawa /Primate Research Institute, Kyoto University アフリカ、カメルーンの狩猟採集民の一家と
アフリカの狩猟採集民の一家、父親のロンベル(左から2人目)と子どもたちとともに

長年チンパンジーの子育てを見てきたが、人間は本来、どのように子育てをしていたのだろうか。その原点を見るために、アフリカの狩猟採集民を見に行った。

約1万年前に農耕が始まる前、人間は狩猟採集生活をしていた。オーストラリアのアボリジニ、アフリカ南部の砂漠にすむクン、そしてアフリカ中央部のコンゴ盆地のバカといった人々に、そうした生活を垣間見ることができる。

中でもコンゴ盆地の狩猟採集民は、チンパンジーやゴリラと同じ場所の熱帯雨林で暮らしているので、比較すると興味深い。コンゴ盆地の東から西へ、ムブティー、エフェ、アカ、バカなどの集団が知られている。

バカの暮らしは京都大学のチームが中心となって長年研究してきた。12月、京大アフリカ地域研究資料センター研究員の林耕次さんの案内でNHKの取材班が現地を訪れるのに同行した。

アフリカのカメルーン東南部の広大な熱帯雨林の奥深くまで、伐採のために延びた道沿いに、バンツーと呼ばれる農耕民が定住している。最奥に近いグリベと呼ぶ小さな村に調査基地がある。

バカも定住が進んでいるが、森の中で狩猟採集生活をする人々もいる。森を2時間ほど歩いてテンゲと呼ばれる集落を訪ねた。9家族55人ほどでつくる集落だ。

男たち数人が、森にしかけた動物のわなの見回りに出ていた。女たちの漁を見る機会に恵まれた。近くの小川を皆でせき止め、幅広で破れにくいヒボフリナムの葉で水をかき出して川底の小魚やエビやカニを捕る。

ロンベルとメンガという夫婦の一家に注目した。40歳くらいだろうか。メンガは現在約20歳の長女ンバを筆頭に9人の子どもを産んだという。4人が幼くして亡くなり5人が残っている。一番下の男児は推定1歳だ。ンバはすでに結婚していて、約4歳と約3カ月の2人の男児がいる。

子どもたちの年齢は、歯を見せてもらって推定した。乳歯が生えそろう2歳半までなら、門歯や犬歯や臼歯の生え方で月齢がほぼわかる。第1大臼歯は6歳ごろに生え、その後、永久歯へと順々に生え変わり、12歳ごろに第2大臼歯が生える。

若夫婦はモングルと呼ばれるドーム型の家を別に作って暮らしていた。畳3畳弱ほどの広さだ。草の茎で編んだござが1枚敷いてあって、そこに夫婦が寄り添って寝る。横にたき火の燠が残っていた。この時期の森の朝は気温が12度まで下がる。

チンパンジーも数十個体で群れを作るが、特定の男女の結びつきはない。チンパンジー社会は父系で、祖父・父・息子が群れに残り、思春期を迎えた女性が外に出る。外から来た女性をすべての男性で共有するので、男性からみればどの赤ちゃんも自分の子か、孫か、きょうだいか、おい・めいなどだ。

一方、赤ちゃんからみると、母親は自明だ。いつもしがみついて乳を飲む。父親は特定できないし、とくに何をしてくれるわけでもない。

チンパンジーの女性の寿命は約50年。約5年に1度の間隔で子どもを産み、母親がひとりで子育てする。10代前半から産みはじめ、40代でも産むので、子育てを手伝うおばあさんという社会的な役割が、基本的に存在しない。

人間の特徴は、おとなの男女や親族が共同して子育てすることにある。人間は高度に発達した脳をもち、おとなと呼べるようになるまでに長い時間がかかる。子育てに時間がかかるので、一人ずつ産み育てていては間に合わない。子どもを次々と産み、共同で養育するようになった。

離乳食もそのための発明だ。乳離れすると次の子を産みやすい体になる。母親メンガは焼いたバナナをほぐして1歳児に与えていた。長女ンバの下の赤ちゃんの養育を、別の集落に住むいとこが手伝いに来ていた。

家族が複数集まって暮らし、さらには離れて住む血族や姻族の力も借りて、互いに助け合いながら暮らす。子どもたちは、その集団生活の中で歳月をかけて、子育てのしかたや森での生活に必要な知恵を学ぶのだろう。

日経新聞連載新聞記事『助け合い子育てする人間』
出典:日経新聞2016年01月10日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第34回『助け合い子育てする人間』