Image Credit: Tetsuro Matsuzawa /Primate Research Institute, Kyoto University アフリカ・ギニアの世界自然遺産、ニンバ山
アフリカ・ギニアの世界自然遺産、ニンバ山

今年の元旦を、アフリカ・ギニアにある世界自然遺産、「ニンバ山」の山頂で迎えた。毎年冬になると、ニンバ山西麓にあるボッソウで野生チンパンジーの調査をしている。今年で30年目だ。初めて来たとき、調査の終了後にニンバ山に登った。節目となる今年、改めて登ろうと思った。

ニンバ山は、ギニア、コートジボワール、リベリアの国境をなす、一筋に延びる山脈だ。日本でいえば富士山のような山で、西アフリカの人なら「ニンバ」といえばすぐにわかる。

31日にボッソウを出て、徒歩1時間余りでセリンバラという村に着いた。登山路の起点だ。朝7時半に出発し、まず標高730メートルの前山に登る。ここから先は人が住んでいない。人手が入っていない原始の森が広がる。

前山からいったん、川が流れる標高595メートル地点まで下りる。ここから緩い登りが続く。うっそうとした熱帯林だ。さぞむし暑いだろうと思うかもしれないが、逆に快適だ。樹冠が強い日差しを遮ってくれるので、気温は日中でも24度くらい。乾期なので湿度は低く、汗もすぐひく。

1997年から、この森にすむ野生チンパンジーを英ケンブリッジ大学の学生らと一緒に調査している。チンパンジーの生活の痕跡が、あちこちに見られる。彼らが食べたパリナリという果物の残りがあった。フンを見つけたので調べてみると、ランドルフィアの甘い実の種が多く入っていた。

樹の上の高さ10メートルあたりに、枝を折りしいて作ったベッドを見つけた。チンパンジーの寝床である。見渡す範囲に12個ある。これだけの数のチンパンジーが、樹上で一斉に寝る姿を想像した。

この地域は雨が少ない。降った雨が集まる谷沿いや斜面の下部は木が茂るが、上部は木が育たない。標高1100メートルで樹林帯が終わり、サバンナと呼ばれる草原になる。これまでと一転して視界が開けた。

急な岩場を登り切ると、両側が切れ落ちた細い稜線に出る。足場がしっかりしているので、恐怖感はない。山頂へと続く主稜線に行き着く少し手前に、広く平らな場所があった。サバンナの中で、ここだけはこんもり茂った小さな森になっている。

この場所にキャンプを張った。森の方から、チンパンジーの声が聞こえた。たき火をして、飯をたく。ヤシアブラの中にイワシの缶詰とタマネギを入れた食事を、現地のガイドが作ってくれた。

翌朝5時、ヘッドランプを頼りに暗闇の主稜線を歩き始めた。広い、なだらかな尾根が続く。

山頂近くの登山路の上に、水が流れていた。「二重稜線」という珍しい地形のせいだ。2つの稜線が並走しており、稜線と稜線の間の浅い谷の部分に水が集まる。枯れた草原のなかに、そこだけ緑の低木が生えている。保水され染み出る水が、世にもまれな山頂近くの水場を生み出した。

水は、岩で囲まれた洗面器くらいの小さな淵に流れ落ちる。淵にたたえられた清水で手を洗い、喉を潤した。両手にすくった水を、頭からかぶった。頭頂から首、さらに背筋へと、冷気がしたたり落ちる。これほどの消涼感を味わったことがない。思わず「ありがとう」と叫んでしまった。清らかで、冷たくて、神聖な感じがする。きっと健康と長寿と幸福をもたらしてくれるだろう。

ほどなくして山頂に着いた。午前7時。ご来光は乾期のもやにかすんでいたが、山頂からの360度の展望を楽しんだ。

来た道をゆっくりと下る。景色は草原から森、人里へと劇的に変わっていく。午後3時、ふもとの村に帰り着いた。

世界自然遺産は現在229ヵ所。ユネスコが人間と自然がうまく共生する生物圏(MAB)に指定している地域は651ヵ所ある。ニンバ山はその両方に指定されている。日本でこれと同等なのは屋久島だけだ。

ニンバ山は鉄鉱石でできていて、北部と南部では採掘が進む。そのため「危機にひんした世界自然遺産」に分類されている。このすばらしい自然を慈しみ楽しむエコツーリズムを盛んにすることで、ニンバ山を守る道が開けると実感した。

日経新聞連載新聞記事『元旦にニンバ山に登る』
出典:日経新聞2016年01月17日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第35回『元旦にニンバ山に登る』