人間以外の動物は、この世界をどのように認識しているのか。それを調べることで、人間の心の進化を明らかにする「比較認知科学」を、25年前に提唱した。野生動物の調査と、実験室で動物の認知を調べる研究とが、一体となった学問だ。

わたしはチンパンジーにかかりきりだったが、ほかの霊長類や、イルカやイヌの研究も進んできた。ところが人間にとって身近なウマの研究は、これまでほとんど手つかずだった。人は競馬や乗馬にしか興味がない。自然での暮らしも、世界をどう見ているかも、ほとんどわかっていない。

比較認知科学という視点からのウマの研究が必要だろう。「サル学」や「イルカ学」があるように、「ウマ学」があるべきだ。

昨年2度にわたって、ポルトガルの野生ウマを調査し、オオカミに捕食されている自然の暮らしを垣間見た。また、研究所の近くの施設で飼育されているウマに鼻先でコンピューターのタッチパネルに触ってもらい、世界をどう見ているかを調べる認知研究を始めた。

研究するうちに、ヒトとウマの関係にも関心を持った。共同研究者である仏ソルボンヌ大学の力ルロス・ペレイラ博士の指導を受け、乗馬を体験してみることにした。2年前、ウマの認知研究をもちかけてきたのが彼だ。ポルトガル式調教の権威でもある。

パリ郊外の農場にでかけた。マネージュという屋根つきの大きな建物にウマをひきだした。手綱とあぶみの使い方をひととおり聞き、カルロスが引く馬に乗ってみた。

2周したら、彼がくつわの手を離した。あとはひとりでやってみろと言う。手綱を左に引けば左に曲がる。止まるときは手前にひく。進むときは軽くかかとで横腹を蹴る。慣れたかなと思ったころ、「さあ、森に行こう」と言われた。連れだって、森を駆けた。

次に、2頭だてのバギーを「運転」した。手綱の要領は同じ。車にブレーキがついていて、踏めば止まる。自動車の感覚で田園を走り抜けた。

最後に、シュリームという名の12歳の雄に乗った。すらっとした白馬である。カリエールと呼ばれる広々とした馬場で、障害物をよけながら左右に曲がる。ウマの歩みは3種類ある。ゆっくりと歩むパス、パッカパッカと駆けるトロット、ダダダっと疾走するギャロップだ。パスからトロットに切り替えると体が上下して、馬との一体感がかもしだされる。

先生は一流、ウマもよく訓練されている。乗馬の楽しみをそれなりに理解できた。つまりは異種間コミュニケーションだ。人間とウマの気持ちが通じあう楽しさである。

Image Credit: Tetsuro Matsuzawa /Primate Research Institute, Kyoto University ウマ
ウマは人間にとって身近な動物だが、自然での暮らしや世界をどう見ているかは、ほとんどわかっていない

問題点も明瞭になった。ウマの飼育環境がひどすぎる。本来は朝から晩まで、暗くなっても歩き回って草を食べ続ける生き物が、6畳ほどのボックスと呼ばれる狭い個室で、立ち尽くして終日過ごす。野生のウマの本性からかけ離れている。

ウマたちには、ポルトガルの野山で見た同朋たちの精悍さはかけらもない。人間が約6000年かけて、改良に改良を重ね、姿かたちを変え、手なずけてきたためだ。

チンパンジーでは、彼らの自然の暮らしを理解して、その生き方から離れることなく飼育して研究することを心がけてきた。ウマも同じだ。ウマの本来の姿を見て学ぶことこそ、対象を理解する第一歩だと改めて確信した。ウマの生き方と認知のあり方、そのまるごと全体を理解できなければ、どんな研究成果を引き出しても意味がない。

人間とは何か。それを知るための「ウマ学」が必要だと思う。生物の歴史の中で、人間を人間たらしめている心の働きがどのように獲得されてきたのか、ウマ学を通じて理解したい。

ポルトガルでともに野生ウマを調査した平田聡さんが、今月、若い研究者たちと現地に向かった。今回はドローンを持っていった。シエラアルガ山塊に展開する野生ウマを、空から見る。いくつの群れがどこにいるのか。それぞれの群れに何頭いるのか。いち早く発見して接近し、行動をつぶさに観察する計画だ。

ウマ学に向けた歩みを続けていこう。乗馬を経験して、ますます強くそう思った。

日経新聞連載新聞記事『人間を知るための「ウマ学」』
出典:日経新聞2016年02月07日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第38回『人間を知るための「ウマ学」』