新生児の自発的微笑
生後11日目の新生児の自発的微笑。ほほ笑むことで周囲のおとなの支援を引き出している

化石を調べると、ヒト科に分類される尻尾のない大型のサルは種の数が次第に減りつつあり、絶滅の方向にむかっている。しかし人間だけは地球にあまねく分布し、個体数は70億にも達する。

人間が繁栄したのは何故だろうか。それまで4足で歩いていた動物が立ち上がって2足で歩くようになり、前足2本が自由になった。その手で道具を操ることで、脳が刺激されて大きくなった。というのは、まことしやかな嘘である。

哺乳類の共通祖先は、恐竜が繁栄していた中生代に誕生した。地上にすむ、現在のネズミに近い姿の生き物だったようだ。約6600万年前に地球規模の気候変動が起き、生物が大量に絶滅した。恐竜は姿を消し、哺乳類はさまざまな場所に適応して広がった。海に潜り、空を飛び、多くは地上に残った。その中で木の上にすみかを求めたのが、霊長類の祖先だ。

霊長類は、四肢の末端で枝を握れるよう、親指がほかの指と向き合う形に変化した。地を歩く足に代えて、ものをつかむ手を得たのだ。

やがて、霊長類のうちヒトの祖先は森を出て、サバンナと呼ばれる草原に進出した。獲物を求めて草原を長距離歩くには、2本の足がある方がエネルギー効率が良い。それで4本の手のうち2本が足になった。人間は4本の足から2本の手を得たのではなく、霊長類の祖先が持つ4本の手から2本の足を得たのだ。

それでは、人間にほかの霊長類とは違う進化をもたらしたのはなんだろうか。意外に聞こえるかもしれないが、それは乳児があおむけに寝る姿勢だと考えられる。

あかんぼうがあおむけに寝ている。見慣れた光景だが、霊長類学者の目から見るとじつに奇妙だ。人間以外の霊長類のあかんぼうは、あおむけにされると安定しない。チンパンジーの場合、右手と左足を上げ、しばらくすると左手と右足を上げる。ゆっくりとそれを繰り返し、なんとか母親にしがみつこうとする。

人間以外の霊長類では、子育てするのは母親だけだ。父親は何もしない。母親は子どもを常に胸に抱き、1人を育て上げてから次の子を産む。

一方、人間は手のかかる子どもを次々と産む。複数の子を同時に育てるのは、母親だけでは無理だ。父親や祖父母、血縁以外のものが手助けし、共同で養育する。子どもは母親にしがみつかず、ひとりであおむけになって寝る。

あおむけ姿勢がもたらしたものは3つある。第1は対面のコミュニケーションである。顔と顔、目と目が合う。胸にしがみついていてはそうならない。子どもが安定してあおむけ姿勢を取れるから、見つめ合い、ほほ笑みあうコミュニケーションが発達した。

第2は、声を介したやりとりである。母親にしがみついているチンパンジーのあかんぼうは、ひもじくなれば自分で乳首を探す。人間のあかんぼうは母親と離れているので、声に出して呼ぶしかない。あかんぼうが夜泣きをするのは人間だけだ。呼ばれた母親も「ちょっと待ってね」「すぐ行くわよ」と声に出して応答する。母子の声のやりとりが、やがて子の発話につながっていく。

第3は両手の自由である。あかんぼうの体重は背中が支えているので、ガラガラやおしゃぶりを握ったり、口を介して持ちかえたりする。チンパンジーのあかんぼうの手は生後3ヵ月の間、母親の体毛を握りしめる役割しかない。人間の手は自由に物をつかみ、つまみ、指さす。生後すぐにさまざまな物を手で操ることが、後に道具を使う基盤となる。

あおむけに寝ている新生児の顔を根気強く見ていると、ときどきニッと笑う。親としてはとてもうれしい。しかしよく見ると目は閉じている。親をみてほほ笑んでいるわけではない。

母親から離れて寝る人間のあかんぼうは、ちょっとした刺激に反応してほほ笑むようにできている。愛らしいほほ笑みは、周囲のおとなから支援を引き出し、あかんぼうの生存に有利に働くからだ。そしてこの笑顔がおとなたちに、思いやり、分かち合い、慈しむ心を育んでいる。

日経新聞連載新聞記事『あおむけ寝が進化育む』
出典:日経新聞2016年02月28日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第41回『あおむけ寝が進化育む』