Image Credit: Tetsuro Matsuzawa /Primate Research Institute, Kyoto University 新潟県の妙高笹ヶ峰で、雪原を歩く
スキーに滑り止めのシールを貼り付けて雪原を歩く (2016年3月、新潟県の妙高笹ヶ峰)

3月末、大学院生など5人の若手を連れて、新潟県にある妙高笹ヶ峰の雪原に向かった。複数の分野の連携によって設置した京都大学のリーディング大学院「霊長類学・ワイルドライフサイエンス」の野外笑習である。霊長類学や野生動物科学の研究者だけでなく、学問を現場に生かす人材の育成を目的としている。

人間以外の霊長類をはじめ、多くの大型哺乳類が絶滅の危機に瀕している。彼らの暮らしを守るためには、自然保護を立案する行政官や現場の実践家、博物館や動物園などで情報を伝える科学コミュニケーター、途上国に地城貢献をする人材が不可欠だ。

こうした専門職を目指す者にとって、動植物や自然のありようを見つめるフィールドワークは不可欠である。それを実地に学ぶ野外実習は必修科目だ。

入学してすぐ、宮崎県の幸鳥に行く。日本の霊長類学は、ここのニホンザルたちの観察に始まった。島内でキャンプし、2群れいるサルの行動を記録して写真入りの報告書にまとめる。代々の報告書を見ると、打ち上げられた魚を食べるなどの行動が、群れの中に徐々に伝播していったことがわかる。

次に屋久鳥に行く。世界自然遺産の島で、野生のサルとシカを見ることができる。木の上にいるサルが落とす実や葉をシカが食べ、両者が一緒に動くことが多い。

近年、若者のサルが遊びでシカの背に乗るようになった。さながらロデオのようだ。この屋久島特有の行動も、徐々に群れの中に広まっている。昨年の実習では、2頭のサルがシカに同時に乗る珍しいシーンも撮影された。

笹ヶ峰を拠点にした実習は夏と秋、そして積雪期に実施する。宿泊は京大山岳部が運営する山小屋だ。霊長類学の祖である今西錦司、フランス文学の桑原武夫、初代の南極越冬隊長を務めた西堀栄三郎らが1928年に建てた。後に日本のヒマラヤ登山を開拓した彼らはここで山の技術を磨き、遠征の計画を練った。

今回の案内役は野生動物研究センター長の幸島司郎教授、笹ヶ峰の四季に詳しい静岡大学情報社会学科の杉山茂准教授、そしてわたしである。いずれも山岳部の出身だ。

参加者には初心者もいるので、雪上車で小屋に乗りつけた。各地で桜の開花が報じられていたが、標高1300メートルの笹ヶ峰は雪の中である。今年は積雲が約1メートルと少ないが、途中で吹雪が来て、一晩で20センチ積もった。

フィールドワークは野山に出て、自分の足で歩き、自分の目や耳で対象を確認し、それを書き留めるという作業に尽きる。実習ではスキーを使って、雪の野山を移動する技術を身につける。

スキーは滑り降りるためのものと思われがちだが、実は雪の野山を自在に歩き回る遭具だ。シールと呼ばれる滑り止めの布を貼り付けると、前には滑るが後ろには滑らない。新雪の積もった急勾配の斜面を登ることもできる。

昔はアザラシ(英語でシール)の毛皮を使っていた。アザラシの毛は、順方向になでるとするする滑り、逆方向だと引っかかる。今では化学繊維に取って代わられた。

雪面には動物の足跡が鮮明に残っている。キツネの足跡はイヌに似ており、真っすぐに並んでいるが、タヌキのは丸っこく、ジグザグと進む。足跡をたどっていくと、立木などに尿をかけたマーキングにぶつかる。そんな説明をしながら、雪原を進んでいく。

キツネが雪原を横切っていくのに行き会った。還目にガンカモ頻も見かけた。

周囲約15キロメートルの範囲に、ほかに人はいない。薪や食料は、雪が積もる前に荷揚げしておいた。食事のあと、ストーブに薪をくべながら、暖かな火を囲んで談笑した。

野外突習には、もうひとつ大きな意義がある。それは教員と学生が寝食を共にすることだ。人間は食物を分かち合い、経験や情報を共有するように進化してきた。協力して食事の準備をし、後片付けし、相手を気遣う。フィールドワークという科学の手法を学ぶ場は、そんな人間の原点を思い起こさせてくれる。

日経新聞連載新聞記事『現地調査担う人材育てる』
出典:日経新聞2016年04月03日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第46回『現地調査担う人材育てる』