マルハナバチの電気感覚について講演するロバート博士 (国際神経行動学会提供)

3月末、南米ウルグアイの首都モンテビデオで開催された国際神経行動学会に招かれて講演した。羽田空港を航空機で深夜にたって米ロサンゼルス空港とパナマ空港を経由した。42時間かかる長旅だった。今回は神経科学と行動学を融合させた学際的な科学の最前線を報告したい。

国際神経行動学会は2年に一度開かれる。神経科学や行動学などを研究する約500人が参加しており、一見してほぼ全員が欧米人かスペイン系の南米人だった。4日間の開催期間中に私は毎日出席したが、日本人の参加者は私を含めて7人しかいなかった。

招待講演の中から私がとても感心した2件を紹介したい。そのうちのひとつがイモガイという貝の研究だ。米ユタ大学のバルドメロ・オリベーラ博士が講演した。

イモガイは貝殻が円すい状になっており、全体の形がサトイモに似ていることからこの名がついたという。大きさはだいたい10~20センチメートル。世界に700種類以上いて、日本にも南の海に約150種類すんでいる。殼はきれいな模様でコレクターも多い。

この貝は岩陰や砂の下に隠れて獲物を待ち伏せし、口のところから伸びる毒針で獲物を突く。針は先端がかぎ状になっていて命中したらはずれない。そこから神経ペプチド毒素を獲物に注入して動けなくしたうえで大きな口で丸のみにする。毒は強力で人間も死んでしまう。

イモガイの神経毒は100種類以上あるそうで、その分子構造やDNAをオリベーラ博士は詳細に解析していた。ひとつひとつが違ったしくみで獲物の神経に作用しているので新発見の連続だという。一瞬のうちにまひさせる性質から、モルヒネよりも強力な鎮痛剤の開発につながると考えられている。

オリベーラ博士はフィリピンの出身で、高校の先生のすすめで大学から米国へ留学し、博士号を取得した。子どものころにイモガイの殼に魅せられた。故郷に帰ったときに研究対象を集めているという。博士が生まれ育った環境と学習の環境がみごとに合致したから、こうした成果が出せたのだと感じた。

英ブリストル大学のダニエル・ロバート博士によるマルハナバチの研究も興味深かった。このハチはミツバチの仲間で、農家が果物や野菜を受粉させるのに使っている。ロバート博士はマルハナバチが周囲の電場を感じ取る「電気感覚」について語った。

ロバート博士は自然界に発生する電磁場に注目した。大気中を漂う粒子は静電気を帯びており、植物の周囲にも微弱な静電場ができている。マルハナバチの体も電荷を持っている。マルハナバチには自分の体と花の電荷が作用し合うことで生じる電気的な変化を感じ取る能力がある。なんと花の形まで区別していることを実証した。大変おもしろい研究だ。

ロバート博士と話して驚いたことがある。1990年に西アフリカのコートジボワールのタイ国立公園にある森で研究していた。野生チンパンジーが道具を使ってナッツ割りをする研究だ。それがポスドク(博士研究員)としての最初のしごとだったそうだ。

タイ国立公園は私が研究しているギニアのボッソウ村と距離が近い。口バート博士と私は同じ時期にアフリカで同じような研究をしていたことになる。その後、博士は物理学の出身という経歴を生かし、自分なりの学問を探した結果、電磁場とハチの研究にたどり着いたわけだ。

博士はスイスのヌーシャテルの出身だ。アルプス山脈を遠望する静かな都市で、以前に講演に行ったことがある。現地の大学には共通の友人もいる。発達心理学という学問を切り開いたジャン・ピアジェの故郷として有名だ。豊かな自然に恵まれていて、ピアジェが10代のころに最初に書いた論文は湖にすむ淡水の巻き貝を分類する研究だった。

そんなよもやま話をロバート博士と交わしながら、こんなことに思い至った。やはり、幼いころに自然と触れ合う経験が、その後の学問の形を作るのだ。

日経新聞連載新聞記事『体験が学問の形を作る』
出典:日経新聞2016年04月10日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第47回『体験が学問の形を作る』