Image Credit: Makiko Take /Primate Research Institute, Kyoto University
マナウス近郊の森の樹冠をつなぐ歩行者用つり橋でウーリーモンキーに出会った(武真祈子氏撮影)

4月初め、ブラジルに広がるアマゾン川とその熱帯林にすむ動物たちを見に行った。出会ったのは「新世界ザル」と呼ばれる霊長類で、ウアカリやウーリーモンキー、リスザル、ホエザル、タマリン、サキといった一般にはなじみのないサルたちだ。アマゾンの森から人間の進化を考えた。

欧州や北米にはサルがいない。イギリスザルとかフランスザルとかアメリカザルはいない。人間を除いた霊長類はアフリカや中東・インド、日本を含む東南アジア、中南米に分布している。

実は北米からも古い化石が出るので昔はサルがいた。中南米のサルに共通する祖先は3000万~4000万年前に、アフリカから渡ってきたと考えられている。そのころはアフリカ大陸と南米大陸を隔てる海が狭かった。長い期間、隔絶された新世界の霊長類はユーラシア大陸やアフリカ大陸といった旧世界の霊長類とはまったく異なる独自の進化を遂げてきた。

人類の出現はせいぜい数百万年前だ。アルディピテクス属やアウストラロピテクス属と名づけられた化石人類はアフリカでしか出土しない。旧世界の霊長類の中からアフリカで人類が誕生した。

いろいろな種類の人類が現れ、約250万年前に現代の人類を含むホモ属の共通祖先が現れた。約180万年前にホモ属の中でホモ・エレクトス(直立する人の意味)と呼ばれる人類が誕生し、初めてアフリカを出てユーラシア大陸に進出した。

その後を追うように、ホモ・サピエンス(知恵ある人の意味)と呼ばれるわれわれ人間が約20万年前に出現して、やがてアフリカを出発し、欧州やアジアなどの旧世界に広がっていった。そして約2万年前、サピエンスはベーリング海峡を渡って、北まわりで無人の北米大陸に進出し南下したと考えられている。

新世界では、なぜ人類が誕生しなかったのだろう。アマゾン川のほぼ中央に位置するマナウスで見た新世界ザルは、これまで旧世界の霊長類しか見てこなかった私の目にはとても新鮮だった。冒頭に名前を挙げた3科6属の多様な霊長類を見ることで、新世界における霊長類の進化について3つの特徴を実感できた。

まず、旧世界にいるチンパンジーやゴリラ、オランウータンのようなヒト科に属する大型の霊長類がいない。次に、ニホンザルのように樹上と地上でくらす霊長類もいない。最後に、旧世界ザルにはない共通の特徴があることだ。

旧世界ザルが狭鼻猿と呼ばれるのに対して、新世界ザルは広鼻猿と呼ばれて鼻の2つの穴の間隔が広い。かつ鼻の穴が下向きではなく外側に向いている。その理由はよくわかっていない。

そして、しっぽがおもしろい。霊長類に共通する特徴として4つの手がある。四肢の末端で木の枝を握ることができる。しかしウーリーモンキーのしっぽは「第5の手」だ。尾だけで枝を握って体重を支えることができ、4つの手が自由に使える。そうした霊長類は旧世界にはいない。サキやタマリンなどのしっぽも枝から枝へと飛び移るときにバランスをとるうえで不可欠だ。樹上生活への依存度がきわめて高いのが印象的だった。

新世界では、人間のようなものも、それ以外のヒト科の大型霊長類も出現しなかった。アマゾン川にその理由があるのではないかと思い、船外機つきのカヌーで進んでみた。

世界最大の流域面積は約700万平方キロメートルで、日本の国土の約18倍の広さがある。その広大な土地の水を集める。マナウスでは雨期と乾期で水位差が10メートルにも達する。雨期には森林が水につかってしまう。船外機を止めて手こぎでそろそろと森の中を進むと、リスザルの群れに出会った。

世界三大熱帯林といわれるコンゴやボルネオでも川沿いで水につかる森を見たが、アマゾンとは比べものにならない。こうした水浸しの環境では、樹上にすみかを求めた霊長類の共通祖先が地上に降りるのはたやすくないと感じた。森の暮らしの中から人類は生まれた。しかし、森の外に広がる乾いた大地の方にこそ人間を育む環境があったのかもしれない。

日経新聞連載新聞記事『南米で人間の進化考える』
出典:日経新聞2016年04月17日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第48回『南米で人間の進化考える』