Image Credit: Kumamoto Sanctuary, Wildlife Research Center, Kyoto University 熊本サンクチュアリ
右手前の運動場のある区画から、斜面の上の運動場まで通路で移動できる=熊本サンクチュアリ提供

14日以降、震度7や6強という非常に強い地震が相次いだ熊本県で被災された方々に思いをはせている。実は京都大学には野生動物研究センター「熊本サンクチュアリ」と呼ぶ施設があり、チンパンジー58人(ヒト科なのでこう数えることにしている)とボノボ6人が暮らしている。

熊本県の中部から突き出した宇土半島の先端付近に位置する。今回の大きな地震を引き起こした布田川断層帯に面した海岸沿いの丘の上だ。

所長の平田聡教授によると、2回の大きな地震に耐えて全員無事だった。建物にも目立った被害はなかった。チンパンジーやボノボたちが住むアフリカ大陸では、東側で地震が起こる地域がある程度だ。チンパンジーの地震体験という希少な観察結果を紹介したい。

以下は、技術職員の野上悦子さんの報告をまとめたものだ。野上さんはサンクチュアリからほど近い集落に住んでいる。

被害が大きかった益城町で震度7を記録した14日夜の最初の大地震では、宇土半島の震度は4程度だった。このとき、チンパンジーらがどんな反応を示したのかは夜なのでわからない。

サンクチュアリには屋外運動場や寝室があり、それらが通路でつながっている。15日朝は余震のたびに「ワァオ、ワァオ」と、アラートという大きな吠え声を出し、運動場のタワーなど高いところへ逃げた。個体差が大きいが、しょんぼりしていたり、飼育員の顔を見るなり駆け寄って助けを求めたりするチンパンジーもいた。

残された便を調べたところ、ほぼ全員が前夜に軟便、つまり「びびりうんち」をしていた。もし逃げ惑っていたなら、うんちがそこここに飛び散っているはずだ。しかし、それぞれがひとまとまりだったので、地震による恐怖で腹が緩くなったと解釈できる。ほぼ半数が、差し出された朝食を受け取らなかった。

夜間は寝室と運動場を開放しているが、一部のものは寝室だけで夜を過ごす構造になっている。室内で夜を過ごしたチンパンジーたちは扉を開けると、みな逃げるように部屋を飛び出ていった。闇の中、部屋に閉じ込められて味わう地震の恐怖は容易に想像できる。

日中はみなとても静かにしていた。夜眠れなかったのかもしれない。昼食と夕食のときはいつも室内に呼び入れているが、ほぼ半数は入室しようとしなかった。入室したチンパンジーたちも、いつもの半分程度の量しか食べなかった。みなそわそわして「食べている場合じゃない」という感じだった。

16日未明に第2の大地震が発生した。このときも宇土半島は震度4程度で、高さ1メートルの津波注意報が出た。朝の様子は前日とほぼ同じだった。びびりうんちも見られたが前日ほどではなかった。ただ、ほとんどは室内で寝た形跡がなかった。外で過ごし、布袋でベッドを作って寝たようだ。

16日も余震が続いた。だが、昼ごろには地震が発生してもまったく吠えないこともあった。みなが静まり返っているのは前日の日中と同じだ。この日も、みな室内に入ることをためらっていた。

チンパンジーの行動には個体差があった。夕方には、ひとりで平然と部屋に入ってきて食事をぺろりと平らげ、いつものようにベッドを作って寝始めるものがいた。前日は拒否していたものが部屋に入るようになる一方で、決して入らないものもいた。

そわそわ歩き回ったり、食事をとりに来なかったりするが、何も口にしなかったりはしなかった。バナナなら食べるとか、室内では食べないが外でなら食べるなど、さまざまだ。16日の夜から翌日の朝にかけて、雨まじりの暴風になったので、多くが室内で寝た。17日になると落ち着きを取り戻し、余震の揺れにも慣れたのかさほど吠えなくなった。18、19日とさらに落ち着いた。

地震がほぼない土地から来たチンパンジーが、われわれでもめったに遭遇しない大地震に直面した。その行動は人間ととてもよく似ていた。ただし何よりも違うのは、お互い分け合ったり、助け合ったりしないことだ。

日経新聞連載新聞記事『地震恐れたチンパンジー』
出典:日経新聞2016年04月24日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第49回『地震恐れたチンパンジー』