インドネシアのスマトラ島で野生オランウータンを調査した帰りに、島北部のトバ湖のほとりに泊まった。トバ湖は火山の噴火でできた、世界最大のカルデラ湖である。外輪山に囲まれた楕円形の湖で、広さは東京23区のほぼ2倍。中央の島を取り巻く円環の湖が水をたたえている。

この湖で泳いだ。湖岸にはブーゲンビリアの花が咲いている。じつにのんびりとした風景だ。

世界最大のカルデラ湖、トバ湖(インドネシア)
インドネシアのトバ湖は、世界最大のカルデラ湖だ

スマトラ島と日本はよく似ている。スマトラ島の面積は47万平方キロメートルで、日本より少し大きい程度。最高峰のクリンチ山は、富士山より30メートル高いだけだ。ともに火山国で、巨大地震と津波に翻弄されてきた。

トバ湖は過去3回の巨大噴火によってできたと考えられている。最新の噴火は約7万4千年前。地下にたまった大量のマグマが噴出して地表の岩盤が落ち込み、カルデラ(スペイン語で「大釜」)を形成した。過去10万年間に地球で起きた最大級の噴火で、噴出したマグマの灰が遠くグリーンランドの氷床コアからも検出されたと、友人の雪氷学者から教わった。

トバ湖の南西側には、スマトラ断層が走っている。島の西岸を貫く谷で、人工衛星ランドサットで撮影した画像でもくっきりと見える。日本の東北部と同じ、海側のプレートが陸側のプレートの下に沈み込む力によって生じた活断層だ。

スマトラ島の西海岸は、世界有数の地震の多発地帯である。2004年12月26日に起きた、スマトラ島沖を震源とするマグニチュード9.1の大地震は記憶に新しい。直後に大津波がトバ湖の北隣にあるアチェ州を襲い、約16万人の死者・行方不明者が出た。

日本ではあまり知られていないが、スマトラ沖を震源とする地震は、その後も頻発している。2005年と2012年には、マグニチュード8.6の巨大地震が起きている。

自然条件はよく似ているが、スマトラと日本で大きく違う点がひとつある。スマトラには原発がない。火山が噴火しても、巨大地震が起きても、津波が襲っても、原発の心配をする必要がない。

東日本大震災の前、日本には17カ所に54基の原発があった。東京電力福島第1原発の炉心溶融事故のあと、一部は廃炉が決まり、ほかも徐々に停止して、現在は1基も稼働していない。

この春、原発の再稼働についての司法判断が下された。福井県の高浜原発では稼働差し止めの仮処分が認められ、鹿児島県の川内原発では仮処分が認められないという異なる判断になった。原発の再稼働は国論を二分する大きな問題だ。

トバ湖の静かな湖面を見ながら考えた。記憶にあるだけでも、災害は常に起きている。阪神・淡路大震災、東日本大震災があり、その後も御獄山や口永良部島の噴火が起きた。新潟中越沖や十勝沖の地震、雲仙普賢岳や三宅島の噴火など、枚挙にいとまがない。

あまり意識されていないが、ヨーロッパ大陸は確固としたプレートの上にあるので、そもそも地震というものがない。日本はプレートの境界に位置しているので、巨大な噴火や地震、津波が繰り返し襲う。

わたしの人生で、原発事故は3回見聞した。スリーマイル、チェルノブイリ、フクシマである。天災か人災かを問わず、かなりの頻度で、災害は必ず繰り返されるというのが事実だろう。

明治の物理学者、寺田寅彦は随筆の中で、アリの巣を突きくずすと大騒ぎが始まるが、しばらくすると復興事業が始まって元に戻る、もう一度突きくずしても同様である、と記している。そして、「人間も何度同じ災害に会っても決して利口にならぬものであることは歴史が証明する」と断じた。

繰り返すが、現在、原発は1基も稼働していない。すべての原発は原則40年で次々と廃炉にしていく必要がある。いかに災害から身を守り、被害を最小限に食い止めるか。それを考えたとき、原発を持ち続け、半減期のきわめて長い放射性核廃棄物を保持し続ける危険とコストを、日本人はもう一度深く考えるべきだろう。

日経新聞連載新聞記事『スマトラ島と日本の違い』
出典:日経新聞2015年06月14日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第5回『スマトラ島と日本の違い』