Image Credit: Gaku Ohashi 葉っぱを使ってヤシ酒を飲む野生のチンパンジー
葉っぱを使ってヤシ酒を飲む野生のチンパンジー(2004年8月、ギニア・ボッソウ 撮影 大橋岳)

野生のチンパンジーが酒を飲む。西アフリカ・ギニアのボッソウでの17年間の調査でそれが明らかになり、今月、英国王立協会の科学誌に報告した。1

もっとも、チンパンジーが酒を造っているわけではない。ボッソウにはラフィアと呼ばれる高さ10メートルほどのヤシの木が湿地に自生している。現地の人はそのてっぺんの葉柄に傷をつけ、したたり落ちる樹液をプラスチックの容器に受ける。

熱帯なので、溜まった樹液は刻々と発酵して酒になる。2時間おきに測ってみると、アルコール分は平均3.1%、最高で6.9%だった。乳酸飲料を思わせる、ほんのり甘く、軽い酸味がある酒である。これをチンパンジーが狙う。

ヤシ酒は朝夕2回、回収する。多いときは30リットルくらいの容器が満杯になる。現地では老若男女が水代わりにがぶがぶと飲む。炎天下の畑仕事には欠かせない。糖分や水分の補給にもなる。

ボッソウの人たちはチンパンジーをトーテム、つまり部族の守り神としてだいじにしているが、自分たちのヤシ酒を飲まれてはたまらない。見つければ手厳しく追い払う。チンパンジーは周囲を警戒し、人目がないことを確認して木に登る。したがって、研究者がそういう場面に巡り合うのは稀だ。

1995年にボッソウのチンパンジーを年間通して調査する体制が整い、毎日チンパンジーを追跡できるようになった。朝6時に森に入り、夕方6時ころ彼らが樹上にベッドを作って眠るまでを追う。

2012年までの17年間分のデータを集めると、全部で20回、ヤシ酒を飲む場面に遭遇した。複数のチンパンジーが同じ木で飲むこともあり、のべ51人にのぼった(チンパンジーは人間と同じヒト科なので、何人、と呼ぶことにする)。この期間、群れには3歳未満の子どもを除いて26人いた。うち半数の13人が酒を飲むところを目撃した。

チンパンジーは容器のふたに使う幅広の大きな葉を口に入れてくしゃくしゃとまるめて、スポンジのようにする。この道具を容器に差し入れ、たっぷりと酒に漬けたあと口に入れ、舌と口蓋のあいだでぎゅっと押さえつけて酒を飲む。これを何度も繰り返す。

飲んでいる時間は平均で9分間だった。約7秒間隔のペースだ。1回10ミリリットルとして計算すると、推定で800ミリリットルほど飲むことになる。ひとりだけのこともあるが、親子のように親しい間柄では交互に手を入れて飲むこともある。

大量に飲むと、人間と同じく酩酊するようだ。わたしたちがジレと名付けた中年の女性は、飲んだ後、心なしか千鳥足、という雰囲気だった。早々に木陰に入って眠りにつくようすを目撃した研究者もいる。

人間は酒を飲むことで進化した、という説がある。これまでの研究から、同じヒト科でも人間とチンパンジーとゴリラだけは、ADH4と呼ばれる遺伝子に突然変異があることがわかっている。

この変異があると、アルコール分解能が40倍程度高くなる。約1000万年前に、われわれ3者の共通祖先に生じた突然変異だと考えられる。

系統的にやや遠いオランウータンには、この変異がない。オランウータンは樹上生活者だが、われわれ3者に共通するのは樹上から地上へと生活の場を移したことだ。

熟れた果実が地上に落ちているとしよう。発酵が進んで、腐って、アルコール濃度が高くなっている。ふつうはそういう物は食べない。実際、野生チンパンジーも地上に落ちた古い果実はけっして口にしない。しかし、人間の祖先は、そうしたものも積極的に栄養として取り込んでいったと想像できる。

人間以外の動物が、野生で自主的にアルコールをとることを見つけ、詳細を報告したのは初めてだろう。「酒を飲む」という人間に広く見られる行為の進化的起源と意義を、改めて考えるきっかけにはなったかもしれない。

動画など詳細は以下をご覧いただきたい。http://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/

日経新聞連載新聞記事『人はなぜ酒を飲めるか』
出典:日経新聞2015年06月21日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第6回『人はなぜ酒を飲めるか』