Image Credit: Shinya Yamamoto /Primate Research Institute, Kyoto University

ドイツのベルリンで5月に開かれた「類人猿の文化」という催しに招かれ、講演した。会場の世界文化館には、類人猿についての研究成果がパネルで展示された。その中に、「共感」と題したパネルがあった。チンパンジーが別のチンパンジーに、ジュースを飲むためのストローを手渡すことを紹介したものだ。

相手に必要なものを想像して渡す。チンパンジーは、他者に共感する力を持っている。だがそれは、人間の共感とは異なっている。それを明らかにする実験は、神戸大学の山本真也准教授と京都市動物園生き物・学び・研究センターの田中正之センター長が、かつて京都大学の霊長類研究所にいたときにおこなった。

隣り合う2つの部屋に、それぞれチンパンジーがいる。一方のチンパンジーはストローがほしい。透明な壁の向こうにジュースの容器があって、細い穴を通してストローを入れれば飲める。

隣の部屋にいるチンパンジーに、実験者が七つ道具の入った道具箱を渡す。ロープや杖、そしてストローも入っている。間仕切りは透明で、互いの様子はよく見える。

ジュースを飲みたいチンパンジーは、壁の小窓から手をのばして催促する。言葉がないので、欲しいのがストローだと伝えることはできない。相手に手をのばし、手首から先を振ったり、拍手したりして相手の気を引く。「ちょうだい、ねえ、ちょうだいよ」という意味だろう。

ところが、道具箱をもつチンパンジーはなかなか応じない。杖を持ったり、ロープを首にかけたりして遊んでいる。相手が粘りにねばって要求するので「しかたがない」という感じで、ようやくストローを渡した。

ストローを選んでいるのだから、なぜ相手が困っているかはわかっている。求められれば応えるが、自ら進んで助けようとはしない。それがチンパンジーである。

山本・田中のチームはこれに関連して、もうひとつ実験をしている。自動販売機に硬貨を入れて食べ物を買う実験だ。

隣り合う部屋に2人のチンパンジーがいる。部屋には硬貨の投入口があり、硬貨を入れるとリンゴが1切れ出てくる。チンパンジーはすぐにおぼえ、硬貨を入れてリンゴを出すようになる。

次にしかけを変えて、硬貨を入れると相手の部屋にリンゴが出てくるようにする。チンパンジーにそれを教え、一方に硬貨を渡すと、チンパンジーは硬貨を入れる。相手にリンゴが出てくる。次は相手に硬貨を渡す。相手がそれを入れ、こちらにリンゴが出てくる。

一見、互いに相手のためにリンゴを出してやっているように見える。だが本当はどうなのか。

実験の方法を変えた。両方に硬貨を渡す。どちらかが投入口に入れたら、すぐに次の硬貨を渡す。手元に常に硬貨があるので、一方が立て続けに入れることがある。相手は座してリンゴが得られるので、何もしない。

入れた方は怒って壁を叩いたり相手を小突いたりする。相手は渋々硬貨を入れる。だがまたどちらかがサボり始める。結局、両者とも硬貨を入れるのをやめてしまった。

人間はそうではない。母親が子どもの口元に「あーんして」とリンゴを持って行くと、子どもは次の1切れをつまんで「お母さんも」と母親の口に持って行く。大人も子どもも、自然と相手のための行動を取る。その結果、互いに相手のために行動しあう「互恵的利他行動」が生まれる。

チンパンジーには、こうした互恵的利他行動ができない。互いに硬貨を投入し合えばリンゴを食べられるのに、相手だけに利益があることはしたくない。互いに助け合うことができないまま、無為に時間が過ぎてゆく。

人間は、困っている相手を見ると、他人でも進んで手を差し伸べる。池で溺れかけている人がいれば、飛び込んで助けようとすることさえある。 困っている人を見過ごしにできない。これは、霊長類の中でも人間だけに見られる特質だ。人間は互いに助け合うようにできている。

実験のビデオ映像は、ホームページhttps://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ で公開している。

日経新聞連載新聞記事『ヒトは助け合える』
出典:日経新聞2015年07月05日朝刊  松沢哲郎教授連載「チンパンジーと博士の知の探検」第8回『ヒトは助け合える』