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Saito A, Hayashi M, Takeshita H, Matsuzawa T (2014) The Origin of Representational Drawing: A Comparison of Human Children and Chimpanzees Child Development Volume 85, Number 6, Pages 2232-2246
人間の描画の起源をチンパンジーとの比較研究から解明しました -人間に固有なシンボルの生成や言語の習得について描画から検証-

Aya Saito, Misato Hayashi, Hideko Takeshita, Tetsuro Matsuzawa

The Origin of Representational Drawing: A Comparison of Human Children and Chimpanzees.
チンパンジーと人間の子どもの描画の比較

Child Development Volume 85, Number 6, Pages 2232-2246, doi: 10.1111/cdev.12319



お絵かきをするチンパンジーのパル(5歳)


「ない」部位をおぎなって顔を描いた3歳2カ月の人間の絵(右)と輪郭をなぞったチンパンジーの絵(左)

概要

人間の発達の過程で、子どもがはじめて描くのは、偶発的な「なぐりがき」です。心身の発達とともに、描線が少しずつコントロールされ、まとまった形がでてきます。そしてあるとき顔などの何かを表した絵(表象的な描画)が生み出されます。おおむね3歳頃のことです。いっぽう、進化の隣人であるチンパンジーも絵を描きます。報酬のリンゴをもらえるから描くのではなく、報酬がなくても描くこと自体を楽しみます。そのため、これまでにも大型類人猿での描画研究はありますが、かれらが描く絵は、幼い人間の子どもと同じなぐりがきとされていて、顔などの表象を描いた例はありません。そこで、この研究では、チンパンジーはなぜ表象を描かないのかを検証するための実験をおこないました。なぐりがき期の人間の子どもが表象を描きはじめるようになるまでの発達過程と、チンパンジーの描画の特徴を比較するものです。
1.背景

ヒトの発達の過程で、子どもがはじめて描くのは、たどたどしい「なぐりがき」です。心身の発達とともに、その描線がじょじょにコントロールされ、まとまった形ができてきて、あるとき具体的な物の形「表象」が生み出されます。おおむね3歳頃のことです。いっぽう、進化の隣人であるチンパンジーも絵を描きます。報酬のリンゴをもらえるから描くのではなく、報酬がなくても描くこと自体を楽しみます。そのため、これまでにも大型類人猿での描画研究はありますが、かれらが描く絵は、幼いヒトの子どもと同じなぐりがきとされていて、具体的な物の形「表象」を描いた例はありません。そこで、この研究では、チンパンジーはなぜ表象を描かないのかを検証するための実験をおこないました。なぐりがき期のヒトの子どもが表象を描きはじめるようになるまでの発達過程と、チンパンジーの描画の特徴を比較するものです。
2.研究手法・成果

対象としたのは、霊長類研究所の6人のチンパンジーと、なぐりがきから表象を描きはじめるまでの時期にあたる1歳から3歳の約60人の人間の子どもたちです。2つの実験を用意しました。ひとつめの実験は、模倣です。人間の先生がまずお手本として簡単な形を描いてみせてから、同じ画用紙に描いてもらいました。チンパンジーははっきり模倣して形を描くことはなかったのですが、自発的に描かれた線をなぞることはありました。模倣に成功するまでの人間の子どもの発達過程を縦断的に調べると、「なぞる」という行動がでてくる年齢は、平均して2歳6カ月、簡単な模倣に成功する年齢よりも上だということがわかりました。ふたつめの実験では、チンパンジーの顔の線画を用意しました。ただし条件によっては片目がなかったり、両目がなかったり、顔のパーツがすべてなかったりします。ここで明瞭な違いがみられました。人間の子どもは、顔や描いてあるパーツにしるしづけをする時期を経て、2歳後半になると、うまく描線がコントロールできないうちから、ない目を補って顔を完成させます。それに対してチンパンジーは、小さい子と同じように描かれてある目にしるしづけたり、器用に輪郭をなぞることまであっても、ないパーツを補って顔を完成させることは一度もなかったのです。 子どもが描く絵は、とても記号的です。丸をいくつか組み合わせただけで「顔」が表現できます。絵に描かれるのは、実在する物の形を写しとったものではなく、その子の頭の中にある「顔」という表象だからです。それは、一連の知識(スキーマ)として、複数の要素で表現されます。たとえば、顔は、輪郭(大きな丸)があって、目がふたつ(横並びの丸)、口(横棒)が1つある、という具合です。このようなスキーマが比較的完成した子は、先に描かれている線画に足りない要素があれば、それを補って顔を完成させようとするのでしょう。 人間が絵を描いた最古の痕跡は、旧石器時代の岩壁画にあります。描かれているのは、動物などの表象的な絵であり、描いたのは、わたしたちと同じ人間、ホモ・サピエンスです。そして、壁面の凹凸や亀裂などの手がかりを動物の体の一部に見立てて、足りない描線を補った絵も多く見つかっています。 人間が表象的な絵を描くということの根底には、どのような認知的な基盤があるのか。今回のチンパンジーと人間の子どもの研究からは、描かれた描線にスキーマを発見し、表象として認知し、今ここにないものをイメージして補うという認知的な特性との関わりがみえてきました。その背景には、言語の獲得との関わりがあると考えています。なお、本研究のエッセンスとなる部分は、第一著者である齋藤亜矢の日本語の著書『ヒトはなぜ絵を描くのか』(2014年刊行)で紹介されています。ぜひご参照ください。 https://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/3/0296210.html
3.波及効果

チンパンジーの描画と比較することで、人間の描画の発達の特徴が見えてきました。言語とは別に、描くという行為のなかにあらわれる知性や感性があります。いわゆる非定型と呼ばれる、障害をもったお子さんたちの描画についての研究が進み、理解が深まるでしょう。また、これまで言語や道具や家族について語られてきた人間の本性が、絵画・描画・お絵かきという芸術の分野にもあることが明確に示されたと思います。
4.今後の予定

人間の子どもや、チンパンジーの同属別種であるボノボ(日本では京都大学だけにいます)との比較研究に進みます。またヒトのおとなが物を見て描くときに、どのような認知プロセスがはたらいているかの研究もすすめています。
5.研究組織

齋藤亜矢、中部学院大学子ども学部・准教授 林美里、京都大学霊長類研究所・助教 竹下秀子、滋賀県立大学人間文化学部・教授 松沢哲郎、京都大学霊長類研究所・教授    (計4名)
6.研究支援

本研究は、京都大学霊長類研究所共同利用研究制度を利用しておこなわれました。また日本学術振興会特別研究員制度,日本学術振興会科学研究費補助金・若手研究B #22730504,#25870368 (齋藤亜矢),若手研究B #23700313(林美里),基盤研究A #16203034(竹下秀子),および文部科学省科学研究費補助金・特別推進研究 #24000001(松沢哲郎)による支援をうけて実施されました。
7.書誌情報

Saito A., Hayashi M., Takeshita H., & Matsuzawa T. (2014). The Origin of Representational Drawing: A Comparison of Human Children and Chimpanzees. Child Development.