Krupenye C, Kano F, Hirata S, Call J, Tomasello M (2016) Great apes anticipate that other individuals will act according to false beliefs Science Vol. 354, Issue 6308, pp. 110-114.

類人猿も他者の思考を推し量る ―アイ・トラッキングを用いた心の理解の研究―

Great apes anticipate that other individuals will act according to false beliefs

Christopher Krupenye, Fumihiro Kano, Satoshi Hirata, Josep Call, Michael Tomasello


写真:テスト風景

狩野文浩 野生動物研究センター特定助教、平田聡 同教授、クリストファー・クルペンイェ デューク大学博士らの 研究グループは、アイ・トラッキングという視線を記録する装置を使って、類人猿がヒトと同様に他者の「誤信念」 (他者が現実とは異なる状況を信じていること)に基づき予測的な注視をすることを明らかにしました。

今回の国際共同研究は、狩野特定助教とクルペンイェ博士を筆頭著者として京都大学熊本サンクチュアリおよび独マックス・プランク研究所で行われ、 米国の科学雑誌「Science」に掲載されました。

写真(テスト風景)モニターで動画を見る際の視線を記録する。モニター下部にアイ・トラッカーが設置されている。アクリル透明パネル越しにジュースを与え、類人猿の目の位置を固定する。類人猿はジュースを飲みながら、動画を見る。

概要

他者の「心」を理解する能力は社会生活の基本です。この能力は、ヒト以外の動物にも存在することが知られています。しかし、ヒト以外の動物が、「他者が現実とは異なる状況を信じていること」を理解することを示した研究はこれまでなく、ヒト特有の高度な認知能力であると考えられてきました。

例えば、ある人物Aが引き出しにペンをしまい外出し、不在中に他人がペンを筆入れに移したとします。帰宅したAがペンをとろうとまず探すのは引き出しでしょうか、それとも筆入れでしょうか。ペンが筆入れにあるにも関わらず、Aが引き出しを探すと類推できるのは、他者が現実とは異なる状況を信じていると理解しているからです。引き出しに向かうAの思考を「誤信念」と呼びます。つまり、他者の頭の中にのみ存在する仮想現実です。それを理解する能力があるということは、他者の心的状態を本当に理解しているという強い証拠になります。

本研究グループは、アイ・トラッキングという視線を記録する装置を使って、類人猿がヒトと同様に他者の「誤信念」に基づき予測的な注視をすることを明らかにしました。類人猿にも、この種の高度な認知能力があることを示唆した初めての研究で、ヒトと類人猿との進化的なつながりがまた一つ明らかになりました。



1.背景

他者の「誤信念」に対する理解を調べた研究は、ヒトの発達研究およびヒト以外の動物を対象とした比較認知研究で数多く行われてきました。言葉を使って質問する実験では、ヒトは4歳児以降にはじめてその理解を示すことが知られています。ただし、近年の言葉を使わず視線を利用する簡易化された実験では、1歳半から2歳の幼児でも誤信念を理解することが明らかになってきました。ヒト以外の動物、特に類人猿は他者の心の理解に関しては肯定的な結果が数多くあります。しかし、「誤信念」理解に関しては否定的な結果しか得られていませんでした。本研究グループでは以前より視線を利用した認知実験を行っており、類人猿の一度きりの記憶を調べた研究成果 註1も発表しています。我々はこのノウハウを用いて、発達研究と比較認知研究の知見をあわせたまったく新しい研究手法を考案し、類人猿の「誤信念」理解を調べることを計画しました。



2.研究手法・成果

京都大学熊本サンクチュアリおよび独ライプチヒ動物園(マックス・プランク研究所)で暮らす、ボノボ、チンパンジー、オランウータン計40個体を対象に実験を行いました。アイ・トラッキングという手法を用いて、動画を見ている時の目の動きを記録しました。動画の中では、ヒトの役者とコスチュームの偽類人猿が争っています。これは類人猿たちにとって非常に注意を惹く出来事です。あるタイミングで類人猿役者が干草の中に隠れます。ヒト役者がドアの向こうに棒をとりに行き、ヒト役者から見えない間に類人猿役者が立ち去るか(FB1条件)あるいは移動してから立ち去ります(FB2条件)。2条件の違いによって、類人猿の実験参加者が単に最初あるいは最後に類人猿役者が居た場所を見たのではない、ということをコントロールしています。その後、ヒト役者がドアの向こうから戻ってきます。この時点で、ヒト役者は「誤信念」を持っていることになるわけです。このとき類人猿参加者が、そのヒト役者の「誤信念」に基づいて予測的にその場所を見ることができれば「正解」です。実験1の動画ではともに右が正解で、類人猿参加者も正解しています。40個体で実験を行い、30個体が正解あるいは不正解の場所を見ました。そのうち20個体が正解の場所を見たことを確認しています。

実験1



もう一つ別の動画を用いた実験も行いました。基本的なデザインは同じですが、類人猿役者が干草に隠れる代わりに石を箱の中に隠す動画です。こちらの実験では30個体テストして、22個体が正解あるいは不正解の場所を見ました。そのうち17個体が正解の場所を注視しています。

実験2


これら2つの実験結果から、類人猿には他者の「誤信念」に基づき予測する能力があることが分かりました。

横軸に2つの条件、縦軸に類人猿被験者が正解(Target)不正解(Distractor)を最初に見た平均の回数を示している。類人猿は平均約一回正解を見たが、不正解を見た回数はそれに比べて統計的に有意に少ない。

2つの実験を合わせた平均の結果:横軸に2つの条件、縦軸に類人猿被験者が正解(Target)不正解(Distractor)を最初に見た平均の回数を示している。類人猿は平均約1回正解を見たが、不正解を見た回数はそれに比べて統計的に有意に少ない。


3.波及効果

ヒト以外の動物で「誤信念」理解を示したわけですから、心理学、哲学、進化学の分野で、ヒトの特殊性・優位性に対する考えを改めなければならないでしょう。その意味で学術的なインパクトも高く、さまざまな分野で注目を集めると考えています。

また、この実験で用いた手法―アイ・トラッキングの手法を用いて、自作のドラマを見せて、予測的な見方を調べること―は、大変ユニークなものです。言葉を持たない動物やヒトの幼児の記憶能力やその他高度な認知機能を調べるために、なおいっそう有用視されると期待しています。



4.今後の予定

どのようなメカニズムで「誤信念」に基づき予測をしているのかということに、議論の余地があります。一つの仮説は類人猿もヒトと同様に他者の心を想像しているというものですが、もう一つの仮説は、類人猿はヒトと異なり他者の行動パターンにたいしていくつもの「行動ルール」をもっているというものです。今回の実験の場合、ヒト役者は「最後に隠される/隠れたのを見た場所」に行くという、よりシンプルなルールを(日常の経験から)学習することで、他者の心を想像することなく、外面的な行動のみをみることによって、類人猿は課題を解いた可能性があります。最近のヒト幼児と類人猿を対象とした研究結果に照らし合わせるとあまりありえそうもない可能性ですが、今回の結果だけではそうではないと強く主張することはできません。今後、しっかり検証する必要があります。

今後、同様の手法を用いて、その他の高度な認知機能、たとえば、類人猿の想像力や、遠い未来に対する予測力について調べようと思っています。

今回の実験には、京都大学熊本サンクチュアリで暮らす、ボノボ6個体とチンパンジー6個体が参加しています。日本でボノボはここにしかいません。ボノボとチンパンジーはヒトに同じくらい系統的に近い類人猿で、それぞれ性格が違うことが知られています。このことを踏まえ、アイ・トラッキングを用いて彼らの行動・認知・感情の違いを調べることを計画しています。



註1. 2つのドアのうち一つから類人猿スーツの男が飛び出してくる動画をボノボやチンパンジーに鑑賞させ、24時間後に再度同じ動画を見せた時、画面のどの位置を注視したかをアイ・トラッカーで追跡した実験。2回目は1回目に男が出てきたドアを注視しており、類人猿が1度だけ見た出来事を長期に記憶できることを示した。Kano, F. and S. Hirata (2015). "Great apes make anticipatory looks based on long-term memory of single events." Current Biology 25(19): 2513-2517.

Krupenye C, Kano F, Hirata S, Call J, Tomasello M (2016) Great apes anticipate that other individuals will act according to false beliefs Science Vol. 354, Issue 6308, pp. 110-114. doi: 10.1126/science.aaf8110