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Kawakami F, Tomonaga M, Suzuki J (2016) The first smile: spontaneous smiles in newborn Japanese macaques (Macaca fuscata) Primates
ニホンザルの赤ちゃんにも自発的微笑があることがわかりました。
「ほほえみ」の起源:ニホンザルの赤ちゃんにおける自発的微笑


Fumito Kawakami, Masaki Tomonaga, Juri Suzuki

The first smile: spontaneous smiles in newborn Japanese macaques (Macaca fuscata)

Primates, doi: 10.1007/s10329-016-0558-7

概要

生後7日目のニホンザルの赤ちゃんによる自発的微笑 図1:生後7日目のニホンザルの赤ちゃんによる自発的微笑
京都大学霊長類研究所 川上 文人(かわかみ ふみと)研究員、友永 雅己 (ともなが まさき)教授、鈴木 樹理(すずき じゅり)准教授のグループは、生後4日から21日齢のニホンザルの赤ちゃん7個体を観察し、睡眠中に唇の端が上がる「自発的微笑」の詳細な分析を行いました。これまで、新生児にみられるこのような「微笑」はヒトの新生児期にのみ見られると考えられていましたが、近年、ヒトでは1歳前後まで見られること、また、チンパンジーの赤ちゃんでも見られることなどが分かってきました。今回のニホンザルの赤ちゃんでの自発的微笑の詳細な分析から、彼らの「ほほえみ」とヒトやチンパンジーのそれとの間の類似点と相違点が明らかになりました。これらの知見は、ヒトにおけるほほえみの起源、発達、機能を考えるうえで重要な知見であるといえます。

Spontaneous smiles are facial movements that are characterized by lip corner raises that occur during irregular sleep or drowsiness without known external or internal causes. They are shown by human infants and infant chimpanzees. These smiles are considered to be the developmental origin of smiling and laughter. There are some case studies showing that spontaneous smiles occur in Japanese macaques. The goals of this study were to investigate whether newborn Japanese macaques show a considerable number of spontaneous smiles thus to examine the mechanism of them. Seven newborn Japanese macaques were observed in a room for an average of 44 min, and incidental sleeping situations were monitored twice. All seven participants showed spontaneous smiles at least once during the observation. They showed 8.29 spontaneous smiles in average (SD = 10.89; 58 smiles in total), all found in the state of REM sleep. Thirty-nine of the 58 smiles were produced on the left side of the mouth. These characteristics were similar to those of spontaneous smiles in human infants. This is the first evidence that macaques as well as hominoids show a considerable number of spontaneous smiles. These phenomena may facilitate the development of the zygomaticus major muscle, which is implicated in smiling-like facial expressions.



動画:自発的微笑の例

京都大学霊長類研究所の 川上文人(かわかみ ふみと)研究員,友永雅己(ともなが まさき)教授,鈴木樹理(すずき じゅり)准教授のグループは,京都大学霊長類研究所に暮らす生後4日から21日齢の7個体のニホンザルの赤ちゃんを観察し,「笑顔の起源」とされる自発的微笑が見られることを確認しました。自発的微笑とは,睡眠中に唇の端が上がる動きのことで,外部からの視聴触覚刺激によらず生じるため「自発的」とされています。ヒトとチンパンジーでは,生後1か月までの新生児期やそれ以降の乳児期にも見られることがわかっています。ニホンザルの赤ちゃんでも目撃例はあったものの,今回のように体系的に行われた研究はありませんでした。


7個体のニホンザルの赤ちゃんについて,合計93分の睡眠をビデオで撮影しました。その中で,すべての赤ちゃんが少なくとも1回,合計58回の自発的微笑を見せました。微笑の頻度や継続時間に日齢や体重の影響は見られませんでした。ヒトとニホンザルの自発的微笑との間には,類似点と相違点が見られました。類似点は2つあります。1つは浅い眠りである不規則睡眠中にだけ見られたということです。この点はヒト,チンパンジー,ニホンザルに共通した特徴です。2つめの類似点はヒトでもニホンザルでも生後1か月までの新生児期では,微笑が頬の片側に見られることが両側に比べて多かったという点です。その一方で、ヒトの赤ちゃんとは異なる点も見つかりました。微笑の形が最も強くなるまでに要する時間がニホンザルの方が短く,より引きつったように見えるという点でした。また、チンパンジーの自発的微笑と比較すると,ニホンザルの方が観察時間あたりの微笑の頻度が多かったという違いが見られました。


この研究はヒト科以外の霊長類においても,笑顔の起源とされる自発的微笑が多く見られることを示し,その微笑にヒトとチンパンジーとは異なる点もあることを見いだしました。ニホンザルに自発的微笑が見られたことにより,その微笑が存在する意味について,これまでと異なる視点から議論することが可能となります。

1.背景

ヒトは楽しいときだけではなく,さまざまな場面で笑顔を見せ,ときには笑顔を巧みに使って他者との関係を維持しています。その笑顔の起源とされているのが,睡眠中の自発的微笑です。この自発的微笑は生まれた直後から生後2,3か月までのヒトの乳児だけが見せるものと考えられてきました。しかしながら,近年のわれわれの研究で,ヒトは胎児期から少なくとも1歳過ぎまで自発的微笑を見せることがわかっています。さらに,ヒトに最も近い種であるチンパンジーの赤ちゃんにも自発的微笑が見られることが明らかになってきました。自発的微笑はヒトにのみ出現するものではないのです。


ヒトもチンパンジーも日常生活で笑顔を見せます。自発的微笑が笑顔の起源であるなら,笑顔を見せる種では自発的微笑が見られる可能性があると考えられます。ヒトやチンパンジーとは約3000万年前に共通祖先から枝分かれして進化してきたニホンザルも,遊びのときに口を開けて笑顔を見せます(プレイフェイス)。そのことから,ニホンザルの赤ちゃんも睡眠中に自発的微笑を見せる可能性があります。


これまで,自発的微笑は生後2,3か月で消失すると考えられてきました。その時期は一般的に「笑顔」とされる,覚醒中に他者に対して見せる社会的微笑が多く見られるようになる時期と重なります。その点と形状の類似から,自発的微笑は後の笑顔につながるものであると考えられてきました。しかし前述のように,最近のわれわれの研究から自発的微笑は1歳を過ぎても見られ,その後の笑顔と共存する期間が長いことから,これら2種類の笑顔の関係の再検討が必要になってきました。さらに,自発的微笑がチンパンジーの赤ちゃんにも見られたことが2つの笑顔の関係をより複雑にしました。チンパンジーもヒトと同じように普段の生活で笑顔を見せるのですが,その形状は自発的微笑と異なります。チンパンジーの笑顔は,自発的微笑のように唇の端が上がることは少なく,口を丸く開ける形で表出されます。ニホンザルが普段見せる笑顔も,チンパンジーによるものと同じです。


われわれがこれまでにおこなってきた予備的観察から、ニホンザルの赤ちゃんが自発的微笑を見せることは示唆されていました。しかしながら、それがどのような頻度で出現し、どのような形で現れるのかについてはまったくわかっていませんでした。そこで、今回われわれは体系的に観察を行い、ニホンザルの赤ちゃんにおける自発的微笑を比較認知発達の観点から詳細に検討しました。



2.研究手法・成果

7個体のニホンザルの赤ちゃんについてそれぞれ2回ずつ,1回1時間程度,安静な状態の下で観察を行いました。観察時の日齢は4日から21日でした。そのときに偶発的に見られた合計93分の睡眠をビデオで撮影しました。その中で,すべての赤ちゃんが少なくとも1回,合計58回の自発的微笑を見せました(図1図2)。微笑の頻度や継続時間に日齢や体重の影響は見られませんでした。


ヒトとチンパンジーによる自発的微笑との類似点と相違点から,ニホンザルの自発的微笑の特徴が明らかになりました。類似点は2 つあります。1つはすべての自発的微笑が浅い眠りの状態である不規則睡眠中に見られたということです。これはヒト,チンパンジーと同じです。不規則睡眠中は脳も活動しているため,その脳活動が自発的微笑の出現に影響している可能性があります。もう1つの類似点は,ヒトでもニホンザルでも生後1か月までの新生児期は,自発的微笑が頬の片側に見られることが多かったという点です(図3)。ヒトではその後,頬の両側に現れる自発的微笑が増えていきます。

図2(クリックで拡大します). 
ニホンザルの赤ちゃんにおける自発的微笑。A-Fは個体番号、アルファベットの次の数字は観察セッションの番号、ハイフンの次の番号は各微笑のID番号を示す。Neutral:微笑前、Peak: 微笑が最大になったとき 


相違点も2つあります。1つは,自発的微笑の形状が一番強くなるまでに要する時間をヒトとニホンザルで比較した結果,ニホンザルの方がその時間が短かったという点です(図4)。これはニホンザルの自発的微笑では口角が瞬時につり上がることを意味しています。そのため見た目としてより引きつったような印象を与えます。生物の身体が大きいほど動作が遅くなるという法則が知られています。この研究でのニホンザル新生児の平均体重は530グラムでヒト新生児(平均2915グラム)に比べ小さいため,その法則が影響した可能性があります。2つ目の相違点は,不規則睡眠時間あたりの自発的微笑の頻度に見られました。ニホンザルは1.4時間に58回(41.43回/時間),チンパンジーは304時間で60回(0.20回/時間),ヒトは10時間で24回(0.42回/時間)でした。つまりニホンザルの赤ちゃんは非常に多くの自発的微笑を見せたことになります。


ニホンザルの赤ちゃんにもあきらかに自発的微笑は存在しました。比較認知科学の観点からみてこの結果にはどのような意義があるでしょうか。自発的微笑は養育者の育児に対する態度を変化させるために存在するという説があります。養育者が赤ちゃんの自発的微笑を見ると,その幸せそうな可愛らしさから,より育児に積極的になるのかもしれません。しかし,この説はニホンザルの自発的微笑には当てはまりません。前述のように,ニホンザルの笑顔は自発的微笑の形とは異なります。そのため養育に関わる母親がもし自発的微笑を見たとしても,それを笑顔とは感じず,育児する意欲をかき立てる幸せな表情として映らないのです。それはチンパンジーについても同じです。実際、チンパンジー乳児が2か月頃から示す笑顔には養育者や他のおとな個体の積極的なかかわりを引き出す効果があるようです。では、何のために自発的微笑は存在するのでしょうか。1つには、頬の筋肉の発達を促す可能性が挙げられるでしょう。ニホンザルやチンパンジーは笑顔を見せるときには頬の筋肉を動かす必要はありませんが,恐れや相手に対する服従を意味する表情(グリメイス)にはその筋肉を使います。グリメイスはその形状の類似と,他者との関係を平穏に保つという機能から,ヒトの笑顔の進化的起源のひとつであるという議論があります。今回の結果は,自発的微笑がヒトの笑顔やそれと進化的に関わる表情の発達的起源として機能している可能性を示唆しています。自発的微笑にはまだ謎が多く,今後もさらなる研究の進展が期待されます。

本研究への支援

本研究は,科学研究費補助金 特別研究員奨励費「笑顔の系統発生と個体発生: ニホンザル新生児からヒト2歳児までの進化と発達」(課題番号: 11J07455),「笑顔の起源:ヒト科を対象とした比較認知発達科学」(課題番号: 13J00208),若手研究(B)「笑顔をもちいた対他者関係の比較認知発達科学」(課題番号: 16K21128),奨励研究(A)「霊長類新生児における運動・認知・社会的発達とその相互作用」(課題番号: 11710035),基盤研究(C)「社会的認知の知覚的基盤:比較認知からのアプローチ」(課題番号: 13610086),基盤研究(B)「表象形成の多様性,多重性,階層性―比較認知発達科学からのアプローチ―」(課題番号: 19300091),特別推進研究「認知発達の霊長類的基盤」(課題番号: 20002001),基盤研究(S)「海のこころ、森のこころ─鯨類と霊長類の知性に関する比較認知科学─」(課題番号: 23220006),特別推進研究「知識と技術の世代間伝播の霊長類的基盤」(課題番号: 24000001),基盤研究(S)「野生の認知科学:こころの進化とその多様性の解明のための比較認知科学的アプローチ」(課題番号: 15H05709),および京都大学霊長類研究所共同利用研究費(研究番号: 2000-A-9-1,2003-B-1,2007-B-1,2008-B-15,2009-B-15,2010-B-4)の研究資金援助のもと行われました。



キーワード

Smiles, Emotion, Neonates, Allometric timing constancy