ホーム   出版物   Chimpanzees and Humans Mimic Pupil-Size of Conspecifics.
Kret M, Tomonaga M, Matsuzawa T (2014) Chimpanzees and Humans Mimic Pupil-Size of Conspecifics. PLoS ONE 9(8): e104886
チンパンジーもヒトも瞳の変化に敏感-ヒトとチンパンジーに共通の情動認知過程を非侵襲の視線追従装置で解明-

Mariska Kret, Masaki Tomonaga, Tetsuro Matsuzawa

Chimpanzees and Humans Mimic Pupil-Size of Conspecifics.

PLoS ONE, 9(8): e104886, doi: 10.1371/journal.pone.0104886




概要

マリスカ・クレット(Mariska Kret)・アムステルダム大学心理学部研究員(元日本学術振興会外国人特別研究員)、友永雅己(ともなが まさき)・京都大学霊長類研究所准教授、および松沢哲郎(まつざわてつろう)・京都大学霊長類研究所教授らの共同研究グループは、ヒトとチンパンジーの情動認知の能力を非侵襲の視線追従装置を用いて比較しました。両種にそれぞれ瞳の中の「瞳孔」が拡大・縮小する動画像を提示し、その際の観察者の瞳孔のサイズの変化をこの装置を用いて記録しました。その結果、ヒトもチンパンジーも、同種の瞳の拡大縮小映像に対応して観察者の瞳孔のサイズが変化することがわかりました。ヒトでは、このような瞳孔のサイズの同期がすでに知られており、他者の情動などの内的状態への感受性(共感と言ってもよいでしょう)が関連しているといわれています。今回の研究成果は、1)チンパンジーにおいても瞳孔サイズの同期現象が生じること、2)ヒト、チンパンジーともにこの同期現象が同種の瞳に限定されて生じること、という2つの点で興味深いものであると言えます。同期現象は、このような瞳孔サイズに限定されるものではなく、さまざまな側面で見られることがわかっています。また、このような同期現象は、社会的コミュニケーションの基盤となりうるものです。今回の結果は、社会的コミュニケーションの進化を考える上でも、重要な知見であるといえるでしょう。 この成果は、2014年8月21日(日本時間)に、米国のオンライン総合科学誌「PLoS ONE」に掲載されました。

1.背景

わたしたちの行うコミュニケーションは、さまざまな要因で変動することが知られています。特にヒトの場合、相手の目を見つめて、時には相手のうなずきに合わせて自分もうなずいたりします。また、自分では気がつかないうちに、相手のしぐさとの同調が起きたりします。最近の研究ではまばたきなども同調することがわかっています。このように、行動の同調は、わたしたちの円滑な社会的コミュニケーションを支える基盤となっていることが多くの研究から明らかになってきました。その一方で、なぜこのような同調とコミュニケーションの関係が成立するようになってきたか、つまり、このような同調行動が進化してきた背景についての研究はまだまだ立ち遅れているのが現状です。

そこで、今回の研究では、瞳の中にある瞳孔の拡大・縮小(散大・縮瞳)の同調について、ヒトとチンパンジーでは比較研究を行うことにしました。瞳孔の拡大・縮小は基本的には網膜に到達する光量の調節(しぼり)の役目を果たしています。その拡大は交感神経の作用により、縮小は副交感神経の作用によります。したがって、情動的に興奮した場合にも交感神経の作用によっても瞳孔サイズが拡大します。このような瞳孔サイズの変化の同調は「共感」といった高次の社会性ともリンクしていると考えられています。今回の研究では、瞳孔サイズの同調について、ヒトとチンパンジーを対象に比較研究を行いました。これまでチンパンジーにおける瞳孔径の変化に関する研究は皆無でした。そこで、すでに私たちの研究室で確立していた、チンパンジー用の非侵襲・非拘束による視線計測システムを活用し、実験を実施しました。

2.研究手法・成果

京都大学霊長類研究所の8個体のチンパンジーと18名の成人を対象に実験を行いました。実験自体はいたってシンプルで、ヒトまたはチンパンジーの顔の目の部分のみをコンピュータの画面に4秒間提示し、それを見てもらうというものです。ただし、提示開始から0.6秒から1.0秒にかけて瞳孔のサイズが元のサイズの1.6倍になる条件(拡大条件)と0.4倍になる条件(縮小条件)を用意しました(図1)。そして、動画像提示時点から観察者の瞳孔サイズを視線追従装置で記録しました(図2)。


図1.実験に用いられた瞳の画像の例。左が瞳孔径最小、右が最大の状態。


図2.チンパンジーでの実験の様子(模式図)。

得られたデータを詳細に分析した結果、以下のことが明らかとなりました(図3)。
1) ヒトおよびチンパンジーにおいて、拡大条件の動画と縮小条件の動画を観察しているときの観察者の瞳孔サイズの変化に差が見られた。
2) この効果は両種とも、自種の目を観察している時にのみ見られ、他種の目ではこのような現象が認められなかった。
3) 自種の瞳孔サイズへの同調の効果はチンパンジーよりヒトの方が顕著であった。
4) 視線の計測もあわせて行ったところ、チンパンジーよりもヒトの方がより長く目の領域を見ていたことが明らかになったが、この結果が上記の効果を引き起こしたとは考えられない(ヒトもチンパンジーも自種/他種の観察時間に差がなかった)。


図3.実験の結果。縦軸は瞳孔サイズの変化量を示す。黒線が拡大条件、灰線が縮小条件。ヒト、チンパンジーともに、自種の瞳孔が変化した場合にのみ応答していることがわかります。

以上の結果から、チンパンジーにおいても瞳孔サイズの変化に対応した同調が生じることが初めて確認されました。チンパンジーにおいても瞳孔の変化にともなう他個体の内的な情動状態の変化に敏感であることが示され、彼らの日常的な社会生活においてこの同調過程がコミュニケーションなどの調整に影響をおよぼしていることが示唆されました。また、ヒト・チンパンジーともに自種の瞳の変化にのみ敏感であった点も興味深いところです。顔の認識におよぼす経験の効果が私たちの研究室の足立幾磨助教らによってすでに明らかにされています。チンパンジー個体ごとに今回のデータをよく見てみると、若い個体よりも年長の個体の方がこの効果が強くみられていることから、今回の結果も瞳孔径同調が経験の影響を受けている可能性を示唆しています。(もちろんそもそもそれぞれの主に備わっている種差である可能性もあります)。

これまでにも、チンパンジーにおいてはあくびの伝染や外部のリズムに対する同期など、同調に関する研究成果が私たちの研究室から生み出されてきました。今回の研究成果は、これらに加えて、情動的な側面(瞳孔サイズの変化)においても同調が見られることを初めて示したものであり、今後、その発達過程なども視野に入れてさらなる検討を進めていきたいと考えています。



なお、本研究成果は、マリスカ・クレットが、日本学術振興会外国人特別研究員として京都大学霊長類研究所に滞在していた期間中に実施したものです。 また、科学研究費補助金 基盤研究(S)「海のこころ、森のこころ─鯨類と霊長類の知性に関する比較認知科学─」(課題番号:23220006)、特別推進研究「認知発達の霊長類的基盤」(課題番号:2002001)、「知識と技術の世代間伝播の霊長類的基盤」(課題番号:24000001)などの研究資金の援助のもと本成果を得ることができました。  



掲載情報
京都大学 お知らせ 「チンパンジーもヒトも瞳の変化に敏感 -ヒトとチンパンジーに共通の情動認知過程を非侵襲の視線追従装置で解明- 」 (http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news6/2014/140821_1.htm)