PLOS ONE 10(11): e0139989

顔を「見る」から顔を「読む」へ、 ヒト特有の心が獲得されるプロセスの解明

Humans but Not Chimpanzees Vary Face-Scanning Patterns Depending on Contexts during Action Observation

Masako Myowa-Yamakoshi, Chisato Yoshida, Satoshi Hirata

ヒトは(チンパンジーとは異なり)文脈に応じて他者の顔の見方を変える
概 要

ヒトは、他個体の顔にとりわけ注意を向ける動物です。では、私たちはいつ、どのような情報を顔から読み取るのでしょうか。そこにはどのようなヒトの特性がみられるのでしょうか。明和政子 教育学研究科教授、吉田千里 同研究員、平田聡 野生動物研究センター教授らの研究グループは、ヒトが顔の注意を向けるときの特徴とその発達のプロセスを初めて明らかにしました。この研究成果は、2015年11月5日発行(アメリカ東部標準時間 4日14:00)の「PLOS ONE」に掲載されました。

【本研究成果のポイント】

1.ヒトとチンパンジーの成体、ヒトの乳児と成人とでは、観察している行為の流れによって他個体の顔を見るタイミングが異なる事実を発見しました。
2.顔を「見る」だけでなく顔を「読む」、つまり、顔から他個体の心的状態を推論する認知機能をヒトは生後3、4年かけてゆっくりと獲得していくと考えられます。

1. 背景

ヒトやチンパンジーをはじめとする大型類人猿は、生後すぐから他個体の顔(目)を反射的に検出し、持続的に見つめます。ヒトやチンパンジーはサルとは異なり、出生後、母親の身体に自力でしがみついていることができません。他個体の顔に持続的に注意を向けることでその関心を自らに引き寄せ、養育行動を引き出す、生存可能性を高めるという適応的意義があるともいわれています。

しかし、成長するにつれ、ヒトとチンパンジーでは他個体の顔の見方が大きく異なってきます(Myowa-Yamakoshi et al., 2012, Nature Communications)。チンパンジーの成体は、ヒトに比べると他個体の顔へあまり注意を向けません。行為に含まれる(操作している)物体へ注意を払うのです。他方、ヒトの乳児はよく顔を見ます(図1)。興味深いことに、ヒトの大人も顔へ注意を向けますが、乳児とは異なり、行為の流れによって顔への注意配分を変えます。予測したとおり行為が展開する(予測どおりの行為目的が達成される)と、顔へ注意を払わなくなるのです。

この現象について、私たちは、ヒトの乳児と成人とでは顔を「見る」ことの意味が異なると考えました。発達初期にみられる顔への選好、持続的な注意から、行為の流れにそって「他個体の心の状態を推論する」ための注意へと質的に変化するのではないかと考えたのです。顔を「見る」から、顔を「読む」機能の獲得です。この考えが正しいとしたら、たとえば他個体の行為が予測どおりの結末を迎えなかった場合、その心的状態をあらためて推論、理解する必要が生じるために顔への注意が高まると考えられます。

本研究では、ヒトとチンパンジーを対象に、この仮説の妥当性を検証するとともに、顔を「読む」機能がいつ頃からみられるのかを明らかにすることを目的としました。

2. 研究手法・成果

生後12か月と3.5歳のヒト乳幼児、ヒト成人、チンパンジー成体を対象に、アイトラッカー(視線自動計測装置)を用いて他個体の行為を観察している間の視線の時系列変化を記録、比較しました(図2)。


この調査では、他個体の行為の展開にかんして、以下の2つの条件を設定しました(図3)。

① 条件  行為の目的が予測どおり達成された場合:   (例:ジュースを、机上にあるコップに注ぐ= 予測と一致)

② 条件  行為の目的が予測どおり達成されなかった場合:   (例:ジュースを、コップではなく机上に注ぐ= 予測と不一致)

①条件では、行為が予想通り展開するため、ヒト成人は顔への注意を減少させると考えられます(Myowa- Yamakoshi et al., 2012)。②条件では、行為が予測どおりに展開しないため、行為者の心の状態

を意識的に推論して行為を理解する必要があります。よって、顔への注意が高まると予想されます。

チンパンジーは、顔の見方がヒトと異なることから、①②両条件で顔への注意は変わらないと予想されます。また、生後12か月と3.5歳のヒト乳幼児でも同様の実験を行い、ヒト特有の顔の見方がいつ頃から確認できるか調べました。


その結果、私たちが予想した通りの結果が得られました。ヒト成人は、行為の展開しだいで顔への注意を時系列的に変化させました。予測どおり行為が展開していくと、顔への注意は減少していきました。しかし、行為が予想に反して展開していくと、顔への注意が高まりました(図4)。

一方、チンパンジーでは、ヒト成人とはまったく異なる反応をみせました。①②条件ともに顔へ注意を向けることはほとんどなく、行為の展開にそった変化もみられませんでした。

ヒトの行為の見方の獲得時期についてみると、12か月児では①②条件を問わず顔を持続的に見ていました。他方、3.5歳児では、行為の展開にそって顔への注意を変化させたヒト成人と類似した見方をし始めていることがわかりました。

3. 波及効果と今後の予定

ヒト特有の知性とは何か、それはいつ頃、どのようなプロセスを経て獲得されるのか。こうした問題を解き明かすことは、ヒトの本性を科学的に理解するための鍵となります。本研究は、ヒト特有の認知特性とその発達プロセス、生物学的基盤の一側面を明らかにしました。こうした基礎研究の蓄積なしに、ヒトの心の育ち(教育のあり方や発達支援、適切な養育環境とは何か)について妥当な議論は成立しません。

本研究は現在、次の段階に移っています。本研究により、「顔を読む」特性―他個体の心の状態を推論する高次認知機能―の獲得のプロセスを、きわめて簡便に評価できる可能性がみえてきました。他者の心の状態を文脈に応じて柔軟に推論することに困難を抱える自閉症スペクトラム(ASD)の認知機能の評価へ生かす試みです。真に妥当な人間理解にもとづく発達評価、支援法の開発、提案を目指し、現在ASD児の皆さんに協力いただきながらデータを蓄積しているところです。

【用語解説】

アイトラッカー(自動視線計測装置):モニターの下部にある赤外線センサーにより、モニターに映し出されている画像上への注視箇所を追跡記録し、注視点の時系列的変化を可視化する装置。画面のどこを、いつ、どのくらいの時間見ていたのかを知ることができる。身体を拘束することなく、自然な状態で視線の動きを計測することが可能である。

【研究組織】
明和 政子(京都大学大学院教育学研究科 教授)
吉田 千里(京都大学大学院教育学研究科 研究員)
平田 聡(京都大学野生動物研究センター 教授)   計3名
【本研究への支援】

本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

1.科学研究費補助金 新学術領域研究
研究課題名: 「構成論的発達科学―胎児期からの発達原理の解明に基づく発達障害のシステム的理解」
計画班代表: 明和 政子(京都大学大学院教育学研究科 教授)
研究総括:  國吉 康夫(東京大学大学院文学研究科 教授)
研究期間: 2012年9月~2017年3月

2.科学研究費補助金 基盤研究(B)
研究課題名: 「ヒトの養育行動における快情動の役割とその進化的基盤」
研究代表者: 明和 政子
研究期間: 2012年4月~2015年3月

3.科学研究費補助金 特別推進研究
研究課題名: 「知識と技術の世代間伝播の霊長類的基盤」
研究代表者: 松沢 哲郎
研究期間: 2012年5月~2017年3月

4.科学研究費補助金 基盤研究(A)
研究課題名: 「チンパンジーとボノボの道具的知性と社会的知性」
研究代表者: 平田 聡
研究期間: 2014年4月~2019年3月

アブストラクト

Human and nonhuman primates comprehend the actions of other individuals by detecting social cues, including others’ goal-directed motor actions and faces. However, little is known about how this information is integrated with action understanding. Here, we present the ontogenetic and evolutionary foundations of this capacity by comparing face-scanning patterns of chimpanzees and humans as they viewed goal-directed human actions within contexts that differ in whether or not the predicted goal is achieved. Human adults and children attend to the actor’s face during action sequences, and this tendency is particularly pronounced in adults when observing that the predicted goal is not achieved. Chimpanzees rarely attend to the actor’s face during the goal-directed action, regardless of whether the predicted action goal is achieved or not. These results suggest that in humans, but not chimpanzees, attention to actor’s faces conveying referential information toward the target object indicates the process of observers making inferences about the intentionality of an action. Furthermore, this remarkable predisposition to observe others’ actions by integrating the prediction of action goals and the actor’s intention is developmentally acquired.



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Myowa-Yamakoshi M, Yoshida C, Hirata S (2015) Humans but Not Chimpanzees Vary Face-Scanning Patterns Depending on Contexts during Action Observation PLOS ONE 10(11): e0139989 , doi: 10.1371/journal.pone.0139989