ホーム 報告 京都大学霊長類研究所 比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門 研究報告書
2006年10月1日~2011年9月30日
京都大学霊長類研究所 所長 松沢哲郎
2012年1月発行
京都大学霊長類研究所 比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門 研究報告書


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ごあいさつ    松沢哲郎(京都大学霊長類研究所長)
 

本報告書は、株式会社ベネッセコーポレーションによる寄附研究部門の活動をまとめたものです。正式名称は、「比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門」です。

平成18年10月1日に京都大学霊長類研究所に設置されました。平成23年9月30日をもって、5年間の設置期間が満了しました。福武總一郎・株式会社ベネッセコーポレーション代表取締役会長兼CEOはじめ関係各位からいただいたご厚情に対し、関係者を代表して深く感謝し御礼申し上げます。

この間に、乳幼児期の発達、子育て、家族に関して、人間とそれ以外の霊長類の比較研究を実施しました。主として、人間に最も近いチンパンジーを対象にした比較研究です。こうした「比較認知発達」という新しい視点から、人間を特徴づける教育やコミュニケーションや育児や家族の問題について、多くの発見・知見を得ることができました。「人間とは何か」という本質的な問いに対して、人間を含めた霊長類の研究から導き出された答えだといえるでしょう。研究成果ならびにその社会への発信については、本報告書ならびに巻末の成果一覧をご覧ください。

そうした研究成果のひとつとして、拙著『想像するちから』(岩波書店)を2011年2月に上梓しました。同書のあとがきに触れているように、ベネッセコーポレーションの寄附研究部門が端緒になっています。2009年10月4日に、東京大学の福武ホールで、本寄附研究部門の活動報告会を一般公開で開催いたしました。そこで初めて披露した研究内容をまとめた著作です。幸い、2011年の科学ジャーナリスト賞ならびに毎日出版文化賞を受賞しました。いただいたご支援に対して厚く御礼申し上げます。なお、寄附研究部門の経理については、別途「収支報告書」をもって株式会社ベネッセコーポレーションに報告し、ご査収いただいています。平成18-23年度の5年間にわたり、各年度3000万円のご寄附をいただきました。これによって人間を主な研究対象とする特定准教授1名と、人間以外の霊長類を主な研究対象とする特定助教1名を雇用し、彼らを中心とした研究体制を整えました。そして、思考言語分野(松沢)と認知学習分野(正高)という関連する2研究分野が連携して、この寄附研究部門の活動を支援してきました。

寄附研究部門の開設期間中に、佐藤弥准教授、林美里助教とその後任の伊村知子助教が着任しました。寄附研究部門終了時点で、佐藤は京都大学の白眉准教授に就任しています。林は思考言語分野の助教になりました。また伊村は思考言語分野(特別推進研究)の特定助教となり、さらに2012年4月からは新潟国際情報大学講師に着任が決まっています。こうして寄附研究部門のおかげで、「比較認知発達」という新しい研究領域を立ち上げるとともに、若い研究者が着実にステップアップできたことを最後にご報告申し上げます。

本報告書に盛り込まれた研究成果について、ご感想やご意見をいただければ幸甚です。今後とも、京都大学霊長類研究所の研究・教育・社会貢献に対してご支援を賜りますよう、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

「アウトグループ」という発想:ボノボ、オランウータン、ゴリラから人間を考える
松沢哲郎
 

「人間とは何か」という問いに答えるために、進化の隣人であるチンパンジーを主な研究対象にして、野外研究と実験研究をおこなってきた。「比較認知科学」と呼ぶ学問である。『想像するちから』(岩波書店)という著作にまとめた。幸い、2011年の科学ジャーナリスト賞と毎日出版文化賞を受賞した。チンパンジー研究に一区切りをつけて、ボノボとゴリラとオランウータンに研究の手を広げている。これまでチンパンジーだけを見てきた眼にはその姿は新鮮だった。彼らのすむ場所とその暮らしぶりを紹介したい。進化の隣人たちを広く見ることで、「アウトグループ」という発想にたどりついた。かんたんにいうと「よそもの」の視点である。外部の参照枠から当該の本質を見定める。たとえていえば、日本を知るには、外国へ行くとよい。日本人を知りたいならば、外国人を知ることが重要だ。同様に、人間とは何かを問うなら、チンパンジーなど人間以外のヒト科の生き物を知る必要がある。「アウトグループ」という新しい発想から見えてきた、人間とは何かを問う視点を紹介したい。

ボノボのすむコンゴ盆地

チンパンジーにはボノボという同属別種がいる。人間(ホモ・サピエンス)にも約3万年前までは同属別種がいた。ホモ・ネアンデルタレンシス、つまりネアンデルタール人である。チンパンジーとボノボの関係は、サピェンス人とネアンデルタール人の関係と同じだ。ボノボの研究が進めば、人間の本性の進化的起源の理解が進むだろう。2010年8月、アフリカ中央部のコンゴ民主共和国に野生ボノボを見に行った。平田聡、山本真也さんとの旅である。

石ころがない世界

首都キンシャサは人口約700万人。そこから約1000キロ離れたジョルという街にチャーター機で飛んだ。眼下には平たんな森が続いていた。日本の面積の6倍ほどもあるコンゴ盆地。大蛇のようなコンゴ川が曲がりくねっている。コンゴ川4700キロ。日本列島を縦断して往復してもまだ足りない。長さでいってナイル川に次いで世界第2位、流域面積でいってアマゾン川に次いで世界第2位の大河である。海辺から源頭部まで直線距離で2000キロ、ただし最高点が標高約1000メートルなので、1キロ歩いても50センチしか登らない、という計算になる。

 ジョルからの道は自動車も通れない細さだ。モータバイクの後部座席に乗った。83キロ、約3時間の旅である。見慣れたアフリカの風景だが、よく見ると一点だけ違う。石がない。岩も、小石でさえも見当たらなかった。「路傍の石」という表現がある。「どこにでもある、つまらないもの」のたとえだが、その石がない。

 通説によると、コンゴ盆地はかつて巨大な湖だった。その湖底がせり上がって、北縁から流れ出したのがコンゴ川である。,知識で知ってはいたが、実際に石がない世界を実感してみると、とても不思議な思いがした。ふつうに人びとが暮らしている世界に石がない。

野生ボノボの暮らし

 ワンバ村という調査地周辺の森に、1群27個体の野生ボノボが住んでいる。加納隆至さんらが開拓した調査地で、今は古市剛史・伊谷原一らに引き継がれ、30年を超える長期調査が続いている。朝4時半、ヘッドランプをつけて歩き始める。森の奥深くにいた。ボノボが起きだす朝6時半ころから、樹上にベッドをつくって寝る夕方5時半ころまで終日追跡した。

 隣りあう群れ同士の関係が興味深かった。チンパンジーでは敵対的で、けっして混じり合うことがない。互いになわばりをパトロールしている。声でも聞こえれば毛を逆立てて緊張し、出会えばケンカになるし、殺し合いにまで発展する。しかしボノボでは、隣りあう群れが平和に共存している。2つの群れが出会って融合し、隣の群れのメンバーが入り込んだまま、一週間ほど一緒に行動するのを見た。

 そうした関係の基盤にあるのが性行動だ。チンパンジーは、ケンカをしては仲直りをする。極端に単純化していえば、ボノボは、ケンカになりそうなとき、互いにセックスに持ち込む。隣の群れの男性が、群れに入り込んでふつうに女性とセックスしていた。チンパンジーではありえない。女性同士の性行動もある。対面で抱き合って互いの性器をこすりつける「性器こすり」と呼ばれる行動が有名だ。老若男女、すべての組み合わせで、性行動をする。

 ボノボの個体間距離は小さい。つまり、お互いがぎゅっと近づいている。チンパンジーだとそこまで群れないと思うほど、かたまりあっている。群れの中の優劣も、男性優位なチンパンジーの社会とは明らかに違う。女性が優位な社会だといえる。端的な例が、枝をひきずる誇示行動だ。チンパンジーの最優位の男性が、毛を逆立てて荒々しく枝を引きずって歩くと、女や子どもは逃げ惑う。ボノボでは、比較的若い男性がよく枝を引きずっていた。しかし、荒々しくすぐそばを通り過ぎても、おとなの女性は知らん顔だった。「何やってるの」とばかりに無視する。

「アウトグループ」という発想:ボノボ、オランウータン、ゴリラから人間を考える
野生ボノボの行動

 音声コミュニケーションも興味深い。ピャアピャアピャアと聞こえる甲高い声で鳴き交わす。木の幹が地面近くでスカートのひだのように広がっていて、板根と呼ばれるものがある。チンパンジーでも、よく男性がそれを足で蹴ったり、手で叩いて、ドドドンドンと太鼓のように音を出す。ボノボも同じだが、こうした音にチンパンジー以上に敏感だった。

 追跡中にボノボの姿を見失うと、現地ガイドはマシェット(山刀)で板根をドンドンドンと叩く。すると、ピャアピャアピャアと返事をするので居場所がわかる。慣れることがないようで、何度しても必ず返事をするのがおもしろい。大きな枯れ枝がドサッと落ちても、上空の飛行機の音にも、同様に返事をしていた。

 食物分配も興味深い。現地名ボーリンゴという大きな果実の時期だった。東南アジアで見るドリアンのように、大きな種がいくつもあって、周りの果肉が甘い。1人では食べきれない量がある。この食物を、親子だけでなく、おとな同士でも持っていくのを許していた。しかも、何度も手を伸ばしてくるのを許す。しかし分配は物にもよるようだ。現地名イッテレというウロコオリス(リスの仲間で、皮膜を広げて樹間を滑空する)の捕食があったが、これはだれにも渡そうとしなかった。貴重品はやすやすとは渡さないようだ。

 最も興味深いのは、地中を掘る行動だ。ボノボのすむ森は大別すると、林床の乾いた森と、ずぶずぶの沼の森とに分かれる。乾いた森の地面を手で掘って、白い何かを取り出して食べていた。キノコだそうだ。沼地のものは明らかに種類が違う。小さくて黒い。これが何か、まだ分析結果が出ていない。おもしろいことに、このキノコないし根粒菌のようなものを食べながら、ときどき葉を食べていた。付け合せなのかもしれない。まだよく知られていないボノボの生態や行動をかいま見た旅だった。

「アウトグループ」という発想:ボノボ、オランウータン、ゴリラから人間を考える
オランウータンのすむボルネオ

 オランウータンはアジア起源のホミノイド(人間と類人猿の総称)である。人間もチンパンジーもボノボもゴリラももともとはアフリカ起源だ。オランウータンの祖先は約1200万年前にアジアに起源して、現在はボルネオ島とスマトラ島にだけ生きている。国で言うとマレーシアとインドネシアの2か国だけだ。

1999年に初めてボルネオに行った。最近になって、2つの進展があった。まず2009年末に、当時の駐マレーシア大使の堀江昌彦さんの仲介で、マレーシア財閥のムスターファ・カマルさんと親しくなった。オランウータンの自然復帰プログラムに熱心に取り組んでいる方だ。また京大の野生動物研究センターの海外拠点として2010年2月にダナムバレイに調査小屋を建設した。

 オランウータンに再度取り組むことになった。ボルネオ島で野生オランウータンを調査して、マレー半島で飼育オランウータンの自然復帰プログラムを推進する。

ボルネオの森から

 2011年6月、野生動物研究センターの幸島司郎さんらとボルネオ合宿をした。ボルネオの全体像を見るには高い処に行くとよい。キナバル山4095メートルに登った。東南アジアの最高峰、世界自然遺産である。

 関西空港からマレーシア・サバ州の州都コタキナバルに直行便がある。翌日、登山口の標高1866メートルまで車で送ってもらって、9時半に登り始めた。幸島さんとわたしと、日韓葡の大学院生1人ずつ、合計5人である。キナバル登山は、1日200人程度に限定され、ガイド同伴が義務付けられている。標高3273メートルのラパンラータ小屋に午後4時半に着いた。雲海が眼下に広がっていた。午後7時、早々に消灯した。翌未明午前2時起床、2時半出発。ヘッドランプを頼りに登る。正面に圧倒的な岸壁が聳え立っている。その岩の割れ目を右から回り込むようにして、絶妙なルートがついていた。

 夜が白み始めるころ急な岸壁を超えた。傾斜の緩い広大な岩の斜面が延々と高みに続いている。標高4000メートル。ここで、きのうすでに軽い高山病の症状を呈していた学生の1人が音をあげた。頭痛がする。体が冷え切ってしまった。もう登れないという。濡れた岩肌をつかむ手が氷のようだ。気温は摂氏六度。人肌で温め、テルモスの温かいミルクを飲ませた。

 午前7時10分、全員登頂した。10分間だけ滞在して早々に下山した。10時、山小屋に戻った。食事をとって11時半に出発し、午後4時半に登山口に帰着した。2日間で約2200メートル登り、それを下ってきたことになる。植生の垂直分布を実感できた。翌日の午前中、マレーシアサバ大学の熱帯生物保全研究所でハミド教授らと研究うちあわせをした。午後にぽっかりと空いた時間で、コタキナバルからボートで15分ほどの近くの島に渡った。久しぶりのシュノーケリングをして熱帯の魚を見た。4メートルくらい潜ったので、4099メートルの標高差を楽しんだことになる。

ボルネオの森とオランウータン

 最初のボルネオ訪問は1999年だった。アフリカの森とチンパンジーしか知らなかった。ぜひ一度、ボルネオの森を見たい。野生オランウータンを見たいと思った。

 ちょうど前年に、京都大学のユニークな教養教育である「少人数ポケットゼミナール(通称、ポケゼミ)」が始まっていた。大学に入学したばかりの1年生だけに受講資格がある。「チンパンジー学実習」というポケゼミで、選抜された5人の1年生が、霊長類研究所で夏の一週間を過ごした。朝から晩までわたしのうしろをついて歩いて、チンパンジーの研究を見た。その後も淡い付き合いが続いて、翌年、彼らを連れてボルネオに行くことにした。

 東南アジアを調査地とする野外研究者に聞くと、異口同音にサバ州のダナムバレイを勧められた。ボルネオレインフォレストロッジに泊まって、熱帯林のエコツアーをした。客はほぼ全員が欧米人だった。野生オランウータンを見た。テナガザルもブタオザルもカニクイザルもいた。ホーンビル(サイチョウ)もいる。スカイウォークで高さ40メートルの樹冠部の散策を楽しんだ。

 サバ州の熱帯林およそ百万ヘクタール(1万平方キロ)は、サバ財団という半官半民の組織が管理している。森林を伐採して利益を上げつつ、一方でその保全に努めている。ダナムバレイは、最初の保護区だ。

 ダナムバレイでは、その後、幸島さんの指導を受けた学生たちが野生オランウータンの調査を始めた。日本人によるオランウータン調査地としての評判を獲得しつつある。そこで、京大野生動物研究センターがサバ財団の許可を得てロッジのすぐ裏に調査小屋を建てた。開所式にわたしも参加した。2011年3月に1年後のようすを見に行き、サバ財団とのご縁が深まった。それが契機になって、同年6月のボルネオ合宿が実現した。

インバック峡谷とマリアウ盆地

 サバ財団が、ダナムバレイに続くものとして、インバック渓谷とマリアウ盆地の森林の保護区化を進めている。この三者を合わせると、ゆうに千平方キロを超える広さだ。ボルネオに最後に残された熱帯林ということになる。サバ財団から、これらの保護区の学術調査の協力依頼があった。そこで、野生動物研究センターを中心に、教員6名、ポスドク・大学院生が15名の国際隊を組織して、合宿をおこなったのである。

 キナバル登頂を果たした後、すぐにインバック渓谷に向かった。フタバガキ科の大木が繁る熱帯林の姿は同じだが、ダナムバレイと比べると獣や鳥の姿が極端に少ない。人間による狩猟圧が高いのだろう。実際、インバック峡谷のシンボルである高さ5メートル横幅30メートルの滝で泳いでいたら、釣り糸を見つけた。

 インバックから自動車で1日7時間かけて、マリアウに新築された研修センターに移動した。マリアウ盆地は、「ボルネオのロストワールド」と呼ばれている。太古の昔から、人間が住んだことのない土地である。空から見ると巨大なクレーターのような形をしている。峻険な外輪山が人間の侵入を阻んだ。

 外輪山を登って、マリアウ盆地の中に足を踏み入れた。外輪山の麓ではテナガザルの親子をみた。盆地の中は、ヒース林と呼ばれる幹の細い樹高の低い木が茂っている。土地がやせていて、食虫植物であるネペンテス属(うつぼかずら)の水差しのような形の葉先が目に付く。アリや小型のカエルを捕まえて、栄養としている。盆地の中の小屋を泊まり歩いて、核心部を見て歩いた。

BJ島の自然復帰プログラム

 マレー半島のほうでもオランウータンの自然復帰プログラムを始めた。湖の中の島にオランウータン3個体を放した。2011年1月のことである。アーリン(おとなの男性)、ニッキー(おとなの女性)、ソーニヤ(子どもの女性)である。林美里が研究チームのリーダーとして、その後を追っている。幸いニッキーが無事に男の子を出産した。2011年のさらに2回、この母子のようすを見に行った。ウイリアムと名づけられた子は元気に育っていた。

 基本的には、BJ島と呼ぶ島で、4人のオランウータンたちが自然な生活をしている。いずれの日か、さらに広い土地に放すことを考えている。具体的には、マレー半島北部にある、ロイヤルベラム=テメンゴール森林保護区である。日本が出資してダムが建設されて、巨大な湖が出現した。無数の島がそこに点在している。2011年9月に、野生動物研究センターの幸島司郎さんと偵察にいった。プラウ・バジャールという島に眼をつけた。広さが400ヘクタールある。これだけの広さがあれば、人為的な介入なしで、複数のオランウータンが生きていけるだろう。

 ボルネオの森で野生オランウータンを調査しつつ、マレー半島側で自然保護復帰プログラムを走らせる。野外と実験、その双方を組み合わせた研究・教育・社会貢献を夢見た。

「アウトグループ」という発想:ボノボ、オランウータン、ゴリラから人間を考える
マウンテンゴリラのすむルワンダ

 ボノボもオランウータンも見たので、最後に残ったゴリラを見たいと思った。ゴリラの祖先は約800万年前にアフリカで起源した。現在のゴリラにつながる系譜と、現在の人間・チンパンジー・ボノボに連なる系譜が分かれたのである。

 ゴリラはヒガシゴリラとニシゴリラに大別される。そのヒガシゴリラの一種であるマウンテンゴリラを見たいと思った。2011年8月、アフリカ東部のルワンダに野生ゴリラを見に行った。平田聡さんとの旅である。

大量虐殺の記憶

 平田聡さんとわたしは、これでチンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オランウータンと、ヒト科の大型類人猿すべてを野生で見たことになる。

 ルワンダは、四国と宮崎県をあわせたくらいの面積で、人口1100万人。人口密度が非常に高い。「千の丘の国」と称されるほどなだらかな丘陵が続く。近年の発展は「アフリカの奇跡」と呼ばれている。しかし何と言っても、フツ族とツチ族の抗争とジェノサイド(大量虐殺)が記憶に新しい。

 まず首都のジェノサイド博物館に行った。1994年4月10日に始まり、その後の3か月で、約100万人のツチ族とそれに同情的なフツ族が殺害された。民族抗争に見えるが、要は植民地支配の影だと理解した。第一次世界大戦後にドイツからベルギーの支配下に入った。そこで個人識別カードが導入され、フツ、ツチ、トウワという3部族の峻別が始まった。黒人に黒人を差別させて支配する植民地運営である。

 博物館を出て、首都郊外ニヤマタの虐殺記念教会を訪問した。約4000名のツチ族が避難した場所だ。手りゅう弾が投げ込まれ、銃弾が撃ち込まれ、生き残った者はマシェットと呼ばれる山刀や棍棒で撲殺された。周辺住民を合わせて10,800人の犠牲者だという。教会のベンチには、おびただしい数の衣服だけが置かれていた。レンガの壁に弾痕が残り、天井には貫通した穴が開いている。無数の頭骨と四肢骨が、隣地の地下に展示されていた。

 虐殺という圧倒的な暴力に戦懐した。言葉がない。しかし、平穏な姿をした日常のほうにさらに深い恐怖をおぼえた。街ゆく人の多くが、その係累を亡くしているはずだ。街ゆく人のなかで、本人かその係累が人を殺めた。わずか17年前、阪神淡路大震災と同じころの出来事なのに、何もなかったかのように見える。

「アウトグループ」という発想:ボノボ、オランウータン、ゴリラから人間を考える
ビルンガ火山群のマウンテンゴリラ

 ビルンガ火山群の野生マウンテンゴリラを見た。ウガンダのブウィンディ国立公園とあわせて世界に720個体しか残っていない。

 ゴリラツアーは、1日10パーティー、1パーティー8人に制限されている。つまり1日に全部で80人しか見ることができない。1人1日1時間だけの観察で500ドルという高額である。現地スタッフがあらかじめ早朝から各群れを追っていてゴリラの居場所はわかっている。観光客は、鉄砲を携行したレンジャーと国立公園ガイドに付き添われて彼らのいる場所をめざす。

 第1日目は、火山群の中央に位置するサビーニョ山麓のサピーニョ群12人を見た。最初の出会いはブラックバック(背中の毛がまだ黒い若い男性)だった。竹に登って、しなった幹を寄せ集めてベッドを作っていた。群れは、1人のシルバーバック(背中の白くなったおとなの男性)を中心に4人の女性がいて、それぞれ子どもをもっていた。3歳、6か月、3か月の幼児が3人もいて、母親にまとわりついていた。

 第2日目は、最南端のカリシンビ山麓のスサ群32人を見た。かつて48人いた大きな群れが、2009年に2つに分裂したそうだ。シルバーバックが3人いる。この群れには2組の双子がいた。ルブムという母親にはまだ生後3か月の双子が付いていた。ゴリラの子どもは、もこもこの毛むくじゃら。前日同様、みな野生のセロリをむしゃむしゃ食べていた。ひたすら食べ続けていないと、あの大きな体は保てない。

 第3日目は、ピソケ山麓のンギャマ群14人を見た。ちょうど午前中の採食が終わって休んでいるところだった。立派な体格のシルバーバックが倒木の上に悠然としゃがみこんでいた。その横で、三人の子どもがくんずほぐれつ遊んでいた。チンパンジーでもよくするが、ぐるぐるまわって追いかける。やがて、遊び飽きたのか子どもたちはシルバーバックの毛づくろいを始めた。

ゴリラの家族を見て人間を思う

 三日間を通して、マウンテンゴリラのすむ場所のようすは共通していた。人間の領域である耕地が、山裾からかなり高いところまでせりあがっている。畑の縁に高い石垣があり、そこから先が国立公園だ。ほどなく竹林になる。それを抜けると、ハゲニアと呼ばれる大木のある雲霧林だ。標高3000メートル近い。ところどころに緩傾斜の草地が広がり、セロリのような草本が生えている。

 ゴリラの群れは家族そのものだ。大黒柱ともいえる、最も大きなシルバーバックという絶対的な父親がいて、そのまわりに安心して暮らす女子供がいる。チンパンジーを見慣れた目には、たいへん物静かに見える。ときおり「ンンー」という挨拶の声。けんかがない。大騒ぎをしない。道具を作らない、使わない。狩猟をしない。食物分配がない。群れ間での殺し合いもない。

人間の狂気に近いものをゴリラからは感じとれなかった。チンパンジーのほうが圧倒的に危ない雰囲気を漂わせている。人間はチンパンジーを殺すが、野生チンパンジーも人間の子を襲って殺すことがある。チンパンジーでは、血を見るほどのけんかをしては仲直り、それが日常茶飯事だ。

 ゴリラ偵察の旅のあいだ雇っていた車の運転手は40歳代半ば、物静かな男性だった。旅の最後の別れ際に、昔のことを聞き出してみた。案の定、当時27歳だった妻と自分の父親を虐殺で亡くしていた。2歳だった一人息子を育て上げたという。

 人間ほど残虐な生き物はいない。狂気のような暴力がある。一方で、宥和し、許す心がある。過去を忘れないことで今を生きる。今を未来につなげる。それはどこから来たのだろう。ゴリラを見ながら、人間の由来について深く考えさせられた。

「アウトグループ」という発想:ボノボ、オランウータン、ゴリラから人間を考える
アウトグループという発想

 「ヒト科ヒト属ヒト」という表現は、人間という特別な存在がいるかのような誤解を生む。実際にはヒト科は4属だ。ヒト属、チンパンジー属、ゴリラ属、オランウータン属である。動物分類学上だけではない。日本の法令上もそうだ。種の保存法や動物愛護管理法の付表に「ヒト科チンパンジー属」と明記されている。

 チンパンジー属の同属別種であるボノボを昨夏見に行った。野生のマウンテンゴリラを今夏見た。マレーシアのオランウータンも、2011年9月の訪問まで含めて5回訪れた。これまでチンパンジーだけを見続けてきたが、もう少し広い視野から「人間とは何か」という問いに向き合いたい。

 一連の旅をしているあいだに、「アウトグループ」という発想にたどり着いた。「よそもの」ないし「当該の集団の外にいる者」という意味である。たとえていうと、外国に行くと日本のことがよくわかる。外国人を知ることで日本人とは何かがわかる。同様に、人間以外のものを深く知ることで、人間とは何かが見えてくる。そういう論理である。

 「外部の参照枠」という性質に加えて、アウトグループという発想の要点は、その入れ子構造にある。ヒトのアウトグループとしてチンパンジー属がいる。その両者のアウトグループとしてゴリラを考える。ゴリラを見ることで、ヒトとチンパンジーの共通性が浮き彫りになるだろう。同様に、アジアに起源するオランウータンをアウトグループにすれば、アフリカに起源したヒトとチンパンジーとゴリラの共通性がわかる。

アウトグループという視点から見た社会

 ためしにアウトグループという発想からヒトの社会について考えてみた。親子関係のありかた、子育てについて比較してみよう。

 まず野生オランウータンを見ると、ほぼ単独生活だ。女性も男性もひとりで暮らしている時間が圧倒的に長い。いつも一緒にいるのは母子だけだ。もちろん子どもの生物学上の父親はいるがめったに出会わない。男性は子育てに参加しない。

 アジア起源のホミノイドであるオランウータンとの対比でみると、アフリカ起源のホミノイドの特徴が良くわかる。つまりオランウータンをアウトグループにすることで、はじめて、ヒトとチンパンジーとゴリラの共通性がうかびあがってくる。

 それは何か。答えは明瞭だ。オランウータンには母子しかいない。父親というものが社会的な役割として存在しない。それに対して、ヒトもチンパンジーもゴリラも、集団生活を営んでいる。(1)複数の母子が集団の中にいる、(2)子どもの父親にあたる男性がいて子育てに参加する、というのが共通点だ。いわば父親がいて、母親とその子どものいる「家族」がある。

 次に野生ゴリラをアウトグループとして見ると、ヒトとチンパンジーの共通点が浮かび上がってくる。ゴリラでは、家族がすなわち群れそのものである。シルバーバックと呼ばれる家父長的な父親がいる。複数のおとなの女性がまわりにいてそれぞれ子どもがいる。1つの家族がいつも一緒に行動している。隣の群れは別の家族である。家族すなわち社会である。

 ゴリラとの対比でみると、ヒトもチンパンジーも家族ということばだけでは括りだせない大きな集団で生活していることが共通点だ。複数のおとなの男女がいる。一緒に行動する者が、時に入れ替わり流動的に組み替えられる。

 野生のチンパンジーとボノボをみると、両者に共通する社会のありかたがみえてくる。いつも一緒にいるのは母子だけだ。これはオランウータンでもゴリラでもそうで、また人間でもそうで、いわばホミノイド全体の共通点として、強い母子のきずながある。

 その母子のそばに別の母子がいる。そして群れには複数の男性がいる。その男性たちは、子どもから見れば、生物学上の父親か、あるいは祖父、兄、おじ、いとこにあたる。男性は生まれた群れに残り、女性は年頃になると群れを出て近隣の群れに移る。

 最後に、チンパンジーとボノボというチンンパンジー属そのものをアウトグループとして深く理解すると、ヒトの家族や社会の本質が浮かび上がってくる。チンパンジー属との対比でみると、ヒトの社会の特徴が明確に見えてきた。3点に要約できる。

 第1に、男女は一夫一婦と呼べる強いきずなをもつ。共同して子育てする。核家族と呼べる親子のユニットがある。男女のきずなは、排卵を隠すことで維持されている。つまり、チンパンジー属は尻をピンク色に腫らせて排卵をアピールするが、ヒトの女性の排卵は外からは判別しにくい。伴侶たる女性を見守っていないと、男性は他者の子どもを育てることになりかねない。

 第2に、祖父母も子育てに参加する。寿命を延ばして、もはや自分の子どもは育てないが、孫の世代の世話をする。「おばあさん」という社会的な役割がある。野生チンパンジーでも、われわれのギニアのボッソウの研究から「おばあさん」という役割が見つかったが、それは例外に近い。

 第3に、姻族というきずながある。夫の親族や、妻の親族である。血縁を超えて、おとなたちが子育てに参加する。それを拡張したかたちで、地域コミュニティーと呼べるものがヒトで成立している。

チンパンジーとボノボの比較の重要性

 これまでヒトとチンパンジーの2種の比較研究をしてきた。しかし、アウトグループという発想からいうと、それは片手落ちだ。ボノボとの比較が必要である。正確に言うと、チンパンジーとボノボを比較することで描き出される両者の共通祖先、それこそがヒトのアウトグループである。明確な研究の目標が見えた。チンパンジーとボノボ、野外と実験室、その2x2の表の全体で描かれるものが、これからの研究対象になる。

 チンパンジーは男性優位で、さまざまな道具を使い、隣り合う群れは敵対的だ。殺し合いにまで発展する。それに対してボノボは女性優位で、ほとんど道具を使わず、隣り合う群れは平和共存している。性行動を介して群れが融合しては別れていく。一見するとかなり対照的に見えるこの2つの生き物のくらしや心を詳細に知る必要がある。親子関係や子育てについて考えたのと同様に、人間の攻撃性、なかま関係、教育、知識、技術などの進化的基盤について、これから思いをめぐらしたい。

 チンパンジー属の全体像を知ることで、その共通祖先に思いをはせる。ヒトのアウトグループを理解することで、「人間とは何か」という問いに新たな答えが出るだろう。

謝辞

本稿は、ミネルヴァ書房の季刊雑誌『発達』に掲載した論考をもとに加筆削除したものである。文中の写真はいずれも筆者の撮影したものである。なお、今回の一連の旅の実施にあたって、古市剛史、伊谷原一、幸島司郎、竹元博幸、坂巻哲也、平田聡、山本真也、林美里、堀江昌彦、スザーナ・カルバーリョ、クローディア・ソウザ、ワイデ・シナム、モハメッド・カマル、サバパティ・ダルマリンガム、ダニエル・バスカラン、辻本温史の諸氏のお世話になった。また、ベネッセコーポレーションの寄附研究部門のほかに、特別推進研究、HOPE事業、環境省研究費(D-1004)の支援を受けた。記して感謝したい。

自閉症スペクトラムの心理・神経メカニズム
佐藤弥
 
はじめに

 我々は、ベネッセコーポレーションより支援を受け、自閉症スペクトラム(autism spectrumdisorders: ASD)における対人相互作用の問題についての心理学・神経科学研究に取り組んできた。以下、まずASDについて説明し、つづいて我々の研究を紹介する。

ASDとは

 ASDとは、自閉性障害やアスベルガー障害を含む発達障害の総称である。対人相互作用の障害を主症状の一つとする。診断基準として、表情や視線を通した対人相互反応の調整がうまくできない、楽しみや興味について他人と共有を求めない、といった行動上の問題が挙げられている。しかし、具体的にどのような心理処理に問題があるのか、その神経基盤はどのようなものか、いまだに明らかではない。

 ASDについての研究は、社会から強く要請されている。ASDは、人口比にして数%にのぼる比較的多い発達障害であり(Kim et al., 2011)、 ASD者の対人相互作用の障害は、教育や医療の現場において独特の困難をもたらしているためである。

ASDにおける視線による注意シフトの障害

 臨床観察から、ASD者において視線による注意の共有に障害があることが報告されている。しかし、 ASD者を対象とした寒験研究は、定型発達者と同様に、他者の視線による自動的な注意シフトが起こることを示してきた(e.g., Okada et al.,2003)。 ASD者の視線処理の障害が、具体的にどのような処理の問題であるかは不明であった。 この間題を調べるため、ASD群および定型発達群を対象として、意識下と意識上における視線に対する自動的注意シフトを調べた(Sato et al.,2010)。定型発達者を対象とした社会心理学研究から、ヒトの日常生活の多くが意識下の処理として遂行されることが示されており、また我々の実験研究(Sato et al., 2007)から視線による注意シフトが意識下で起こることが示されていたためである。視線を閾上(200ms)あるいは閾下(約20ms)で呈示し、後続の単純なボタン押し課題への影響を調べる実験(図1)の結果、定型発達群ではどちらの条件でも視線に対する自動的注意シフトが起こった。これに対し、 ASD群では、意識上における注意シフトには問題がなかったが、意識下で呈示される視線に対しては注意シフトが起こらなかった。

 次に、恐怖表情の表出と同時に変化する視線に対する自動的注意シフトを調べた(Uono et al.,2009b)。現実の多くの場面で表情と視線は組み合わされて表出されており、定型発達者を対象とした我々の実験研究(Uono et al., 2009a)から、恐怖表情が視線による注意シフトを促進することが示されていたためである。実験の結果、定型発達群では表情によって視線の注意シフトが促進されたが、ASD群ではこうした促進が起こらなかった。

 こうした結果から、ASDにおける視線を通した注意の共有の障害が、意識下の視線や、表情と組み合わせた視線についての処理の問題であることが明らかとなった。

ASDにおける表情認識の障害

 臨床観察から、ASD者において他者の表情の認識に障害があることが報告されている。しかし、実験研究のこれまでの結果は、必ずしも一致しない。情動カテゴリによって成績に違いがある、年齢による結果の違いがある、といった可能性が示唆される。また、表情認識の障害が、対人相互作用の全般的な問題と関係するかどうか不明であった。

 こうした問題を検討するため、ASD群および定型発達群を対象として、表情認識を調べた(Uonoet al., in press)。課題は、扁桃体損傷患者を対象とした我々の先行研究(Sato et al., 2002)で用いた、基本6情動の表情について調べるものであった(図2)。その結果、 ASD群において定型発達群に比べて、恐怖表情の認識成績が低いことが示された。年齢との対応を調べたところ、定型発達群においては年齢とともに恐怖表情の認識が向上するが、ASD群においてはこうした発達による成績向上が示されなかった。ASD群において面接調査から得られた対人相互作用の問題の尺度との対応を調べたところ、恐怖表情の認識成績が低いほど対人相互作用の問題が顕著であることが示された。

 まとめると、ASD群においては恐怖表情に特異的な表情認識の障害があり、その障害は年齢による向上が見られないというパタンで、その障害は対人相互作用全般の問題と関係している、ということが明らかとなった。

ASDにおける動的表情処理の障害の神経メカニズム

 臨床観察から、ASD者において表情を通した対人相互作用に障害があることが報告されている。しかし、その神経基盤は不明であった。先行研究はある程度一貫して、ASD者においていくつかの脳部位に解剖学的な問題があることを示す(cf. 佐藤ら、 2009)。しかし、表情写真を刺激とした先行の機能的脳画像研究の結果は、必ずしも一致していなかった。

 この問題を検討するため、ASD群および定型発達群を対象として、動的表情と静的表情を観察中の脳活動を、磁気共鳴画像で計測した(Sato et al.,submitted)。我々の定型発達者を対象とした先行研究から、動的表情に対しては、静的表情に比べてより顕著な脳活動が起こることが示されているためである(Sato etal., 2004)。動的表情に対して静的表情よりも強く活動する脳部位を検討した結果、ASD群において定型発達群よりも低い活動が、上側頭溝(表情の視覚処理に関わるとされる)、扁桃体(表情の情動処理に関わるとされる)、下前頭回(表情の運動処理に関わるとされる)などいくつかの脳部位で示された(図3)。また、これらの部位間の機能的結合も、ASD群において弱いことが示された。

 こうした結果は、ASDにおける対人相互作用の障害の神経メカニズムを明らかにする。

おわりに

 我々の研究により、ASDにおける対人相互作用の問題の心理・神経メカニズムの理解が進んだ。こうした研究をさらに発展させ、ASDの教育や治療を向上させることが期待される。

後記

 2006年10月1日の発足時から2010年3月31日まで、京都大学霊長類研究所比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門に准教授として着任していた。2010年4月より白眉プロジェクト・准教授に転任。

自閉症スペクトラムの心理・神経メカニズム

図1意識上と意識下の視線による注意シフトの結果.上段は刺激呈示の流れ.下段は健常群(CON)とASD群(ASD)の注意の効果(反応時間から算出).

自閉症スペクトラムの心理・神経メカニズム

図2表情認識の結果.上段は課題の例.中段は健常群(CON)とASD群(ASD)の正答率.下段左は年齢との対応.下段右はASD群における社会的相互作用の問題との対応.

自閉症スペクトラムの心理・神経メカニズム

図3脳画像研究の結果.上段は刺激例.下段は,動的表情>静的表情の活動差が,ASD群において定 型発達群よりも低い部位.L=左半球.R=右半球.

引用文献
チンパンジーの認知発達研究
林美里
 

 チンパンジーはヒトに最も近い生物だ。ヒトの特徴をよりよく知るため、チンパンジーとヒトの認知能力の発達を直接比較する研究をおこなっている。京都大学霊長類研究所では、2000年にうまれた3個体の子どもを含む、14個体のチンパンジーがくらしている。チンパンジーの群れの中で、母親に育てられているチンパンジーの子どもがどのように発達していくのか、様々な視点から研究が進んでいる。その一環として、ヒトの子どもの発達検査にも用いられる、積木やカップなどのおもちゃを使った課題を対面場面でおこなった。物の扱い方を調べることで、言葉を介さずに知性の発達をはかることができる。また、課題の枠組みの中で同じ物を使うことで、ヒトとチンパンジーをまったく同じ尺度で比較することが可能となった。チンパンジーは野生のくらしの中でも、多様な場面で道具として物を使い、生活を豊かにしている。手の器用さと、背景にある高い知性を基盤にあらわれる道具使用についても研究をおこなっている。

物と物を結びつける

 道具使用の前駆的な行動といわれる「定位操作」に注目して、チンパンジーの初期発達を調べた。定位操作とは、物を特定の場所に向けて関係づける操作で、例えば手に持った物を容器に入れるなどの行動をさす。ヒトの子ども用に開発された新版K式発達検査の課題を、チンパンジーの母親に実施した。母親が定位操作をおこなっている課題場面で、チンパンジーの子どもが自発的におこなう物の操作を調べた。チンパンジーの子どもは、母親がおこなう操作に自発的に興味を示し、自分から手を伸ばして課題の中で使われている物を操作するようになった。さらに、ヒトと同様の1歳前という早い時期から、チンパンジーにも定位操作がみられることがわかった。母親が繰り返しおこなう操作を観察することで、チンパンジーの子どもの学習が促進される可能性が示唆された。ただし、同じ定位操作の中でも、ヒトとチンパンジーではあらわれる時期に違いがみられる操作があった。ヒトでは、棒を箱にあいた穴に入れるという定位操作と、積木をつむという定位操作は、どちらも1歳頃からみられる。一方、チンパンジーでは、棒を穴に入れる操作はヒトと同じ時期からみられるが、積木をつむという操作はその出現がヒトに比べて遅れていた。

チンパンジーの認知発達研究
積木をつむ

 チンパンジーの子ども3個体の中で1個体(パル)のみが、2歳7か月齢で初めて積木をつむようになった。ヒトとは異なり、チンパンジーの母親は子どもが積木をつんでもほめたりすることはなく、子どもがつまないときにつむのを積極的に教えるような行動も観察されなかった。当初、自発的に積木をつんでいたパルも、直接的に利益をえない状況下では数か月で積木をつまなくなった。

 生後3歳1か月からは、同室した実験者が、積極的に積木をつむ行動に報酬を与えた。すると、チンパンジーの子どもは3個体とも積木を高くつむようになった。立方体の積木をつめるチンパンジーを対象に、形の異なる積木を使った課題を実施した。積木の形を変えることで、つめる向きとつめない向きという違いができて、より課題が難しくなる。つめる向きになっている積木を選択的につんだり、つめない向きになっているものは自分で正しく向きを変えてからつんだりすることが必要になる。チンパンジーやヒトの子どもが、積木の物理的な特性をどれくらい理解してつんでいるのかを知ることができる。

 立方体の積木をつめるチンパンジーに、初めて円柱形の積木をつんでもらった。6個体のチンパンジーのうち、自発的に積木をつみはじめた子ども1個体(パル)と、積木をつんだ経験が豊富なおとな2個体が、初回から円柱形の積木を効率的につんだ。残る3個体は、円柱形の積木の丸い面でつもうとするなどの行動がみられた。しかし、経験をかさねることで、徐々に積木の向きを正しく変えて、効率的につむようになった。続けて、三角柱や台形、突起のついた積木と形を変えて課題をおこなった。チンパンジーは、初めのうちはつめない向きの積木をつんだり、さらにその上に次の積木をつもうとしたりしていた。しかし、経験をかさねることで、徐々に効率的につむようになった。また、三角柱の積木がつめるようになった直後に与えた台形の積木の場合には、比較的形状が似ていたため、初めから効率的につむこともあった。ヒトの子どもでは、立方体の積木がつめれば、円柱形の積木は、初めから効率的につむことができた。三角柱や台形の積木では2歳すぎから、突起つきの積木では3歳頃から効率的につむようになった。最終的には、チンパンジーも2-3歳のヒトの子どもと同じように、形の異なる積木を効率的につむようになることが示された。

チンパンジーの認知発達研究
チンパンジーとヒトの同異点をさぐる

 入れ子のカップを使った課題でも、チンパンジーとヒトの比較をおこなった。直径の異なる複数のカップを入れ子状にかさねていくという課題だ。ヒトの子どもでは3歳頃になると、複数のカップをかさねたものを一つのかたまりとしてまとめて動かすという方略がみられるようになる。チンパンジーでも、このようにまとめてカップを動かすことができると、課題に成功することも多くなった。カップを組み合わせるときにみられた操作を、一連の文字列の形で記述する方法を新たに開発し、その記述をもとに分析をおこなった。9個のカップを組み合わせる操作について、カップの組み合わせの効率性とその遷移を調べた。その結果、チンパンジーもヒトも同じように、試行錯誤的にカップを組み合わせることがわかった。 一方で、ヒトとチンパンジーの違いが際立つ課題もあった。他者が作った積木の塔を、お手本として参照し、同じ色の順番になるように積木をつむという課題だ。ヒトでは2-3歳頃にこの課題に成功するようになった。チンパンジー幼児では課題の学習自体が困難だった。おとなのチンパンジーでは、長い練習期間をへて2個の積木をお手本と同じ色の順番でつむようになった。しかし、積木の数が3個に増えると、お手本と同じ色の順番でつむことはできなかった。チンパンジーは他者が作った物を参照して、自分の物を操作するのが難しいという可能性が示唆された。

 他にも、脊髄炎による四肢麻痺を発症したチンパンジーの介護とその後の行動回復の事例や、西アフリカ・ボッソウのチンパンジーにみられる祖母による孫の世話の事例など、チンパンジーという存在を丸ごと理解する試みを続けている。

道具を使う知性と野生のくらし

 道具使用は、手を使うことで知性が発揮されるよい例だ。道具使用の場面として、一組の石を使ってナッツを割るという石器使用に着目して、飼育下とアフリカの双方のチンパンジーを対象として研究をおこなった。ナッツ割りは、チンパンジーがおこなう道具使用の中でも、複数の物が関与する難しい構造をもつとされる。ナッツ割りを学習する過程にみられる認知発達や、学習の難しさを規定する要因などについて考察した。

 チンパンジーはそれ以外にも、さまざまな場面で知性を発揮している。森の中で、どの木がいつ果物をつけるかを覚えたり、他者と社会的なやりとりや駆け引きをしたりする。このように、野生のくらしの中で発揮される知性について、チンパンジーだけでなくヒトに近い存在としての大型類人猿4種の比較をおこなった。物を扱う行動を比較の軸として、飼育下と野生の双方で観察をおこなうことで、彼らの知性の共通点と独自性を調べている。唯一アジアにくらす大型類人猿であるオランウータンは、野生での道具使用の報告があり、個体間のゆるやかなまとまりを保ちつつ単独生活をおくる。他の類人猿同様、長い期間にわたって母子のあいだに強い絆がある。ゴリラ、チンパンジー、ボノボは、アフリカの森にくらしていて、それぞれに特徴のある集団生活をおくる。とくにチンパンジーとボノボは遺伝的に近縁であるにもかかわらず、その社会のしくみが大きく異なる。端的にいえば、チンパンジーは男性中心の強権的な社会、ボノボは女性中心の平和的な社会をもつ。異なる社会をもつ大型類人猿4種だが、積木をつんだりカップをかさねたりという操作をおこなう能力はあるため、認知発達としてはヒトにもつながる共通性を有している。ヒトをふくむ近縁種の知性やくらしの多様性を調べることで、より広い視点からヒトという存在に迫ることができると考えている。

 進化の隣人であるチンパンジーの認知発達研究を通して、ヒトという存在だけが特別ではないということがより明確になってきた。チンパンジーとヒトの何が同じでどこが違うのか、種をこえた比較認知発達スケールの確立をめざし、今後も研究を継続していきたい。

チンパンジーの認知発達研究
後記

2006年10月1日の発足時から2008年11月30日まで、京都大学霊長類研究所比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門に助教(2007年3月以前は助手)として着任していた。2008年12月より同研究所思考言語分野・助教に転任。2007年3月に京都大学論文博士(理学)を取得した。

ヒトとチンパンジー乳児の視覚世界
伊村知子
 
はじめに

生物としての人間、すなわち「ヒト」がものを見るしくみとその発達を知るために、ヒトとチンパンジーやニホンザルとの比較から、視覚の発達・学習過程を実験的に調べてきた。 ヒトもチンパンジーも、他の哺乳類に比べると未熟な状態で生まれてくる。ものを見る能力を正常に成熟させるためには、「見る」という経験が必要となる。乳幼児期に適切な視覚経験を受けないと、どうなるのだろうか。たとえばヒトやネコなどの動物では、発達のある時期に片目を覆われると、左右の目から情報を受け取って立体的にものを認識する能力が低下するという報告がある。おとなでは同じ期間眼帯をしてもこのような変化は起こらない。つまり、乳幼児の脳はおとなよりも経験の影響を受けやすいのである。

 近年、乳幼児がテレビや絵本などの視覚メディアを見る機会が増加している。それにともない、乳児の早期メディア接触の影響について関心が持たれるようになってきた。乳児がいつ頃からそこに映し出された内容を理解できているのか。映像からさまざまな情報を受け取るためには、メデイアに対する接触経験が必要なのか。そうした経験の効果を調べる1つの方法として、メディアへ接触した経験のない動物を対象に、2次元の映像から物の立体的な形や奥行きを知覚する能力について検討した。

映像から立体的な形を認識する

 物の形を見るとき、ヒトはさまざまな手がかりが使うが、「かげ」も重要な手がかりの1つとなる。平面の画像を見ても、私たちはそこにふくらみやへこみのような立体的な形を知覚する。生後4ケ月のチンパンジーの赤ちゃんが「かげ」から凹凸を区別できるかについて調べた。まず、半球を凹面と凸面になるようにはめたパネルをチンパンジーの目の前に置いた。すると、チンパンジーの赤ちゃんもヒトの赤ちゃんと同じように出っ張っている方に頻繁に手を伸ばした。つまり凹凸を区別できた。次に、このパネルの写真をチンパンジーの目の前に見せた。凹凸を区別する手がかりは「かげ」だけである。それでも、チンパンジーの赤ちゃんは写真の凸像の部分により頻繁に手を伸ばした。チンパンジーの赤ちゃんもヒトと同じように、「かげ」を手がかりに写真から3次元の形状を区別できることがわかった。

ヒトとチンパンジー乳児の視覚世界
映像から物の動きを理解する

 「かげ」は物の形の知覚だけでなく、3次元的な動きを知る上でも重要な手がかりとなる。私たちは「かげ」が動いているのを見ると、物が動いていると瞬時に判断する。実際には物が静止していて光源が動いた場合にも「かげ」は動くが、わたしたちは無意識のうちに光源ではなく物が動いているととらえる。これは、光源は静止していることを前提にして物が動いていると解釈した方が、現実的な場面では都合がよいからだろう。自然環境では多くの場合、太陽が光源だが、太陽の動きはほとんど無視できるほど遅いからだ。こうした光源が上の方にあって、静止していることを前提にして、物の3次元的な動きを理解しているのか。影の動きから物体の運動軌跡を弁別する能力をヒト、チンパンジー、ニホンザルを対象に調べた。その結果,6ケ月のヒト乳児,7-20週齢のニホンザル乳児,チンパンジーの成体は影の動きを手がかりにボールの運動軌跡の違いを区別した。

ヒトとチンパンジー乳児の視覚世界
まとめ

 チンパンジーやニホンザルの乳児は2次元のメディアに接する経験がなくても、生後半年までに2次元の映像から物の立体的な形や奥行きを知覚するようになった。ヒトの視覚機能も進化の産物であり、その一部は近縁な種であるチンパンジーやニホンザルと共有されているといえる。

後記

2009年5月より2011年9月30日まで、京都大学霊長類研究所比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門助教に着任していた。

ひとりひとりに合った日本語読み書き支援のための障害評価法と汎用性のあるlT統一教材の開発
正高信男
 
はじめに

 発達障害の子どもの、障害の程度と特徴は個々人によって大きく異なる。真に効果的な学習支援を実現するには、その的確な評価が不可欠であるが、こと読み書きについての障害に関しては、日本語のそれは未だ開発の余地が大きくのこされている。正高を中心とするグループは本寄付口座において実証的証拠にもとづいた発達障害の評価法の確立と支援のための教材の開発をおこなってきた。

 昨今のIT技術の急速な進歩に対し、日本の学校現場の状況はまだまだ旧態であることは否めない。本プロジェクトでは、コンピュータを活用した読み書きの学習が可能となるパッケージ化された教材の開発をも、その目的とした。ところで、ひとりひとりにあった支援とはテイラーメイドなものを指し、それと統一化された教材の供給には本質的に矛盾がある。そこでパッケージ化されているにもかかわらず、テイラーメイドに活用できる教材使用のノウハウを供給してくれるマニュアルが不可欠となる。本プロジェクトでは、こどもひとりひとりの障害の評価の内容に応じて、柔軟に変化させて教材を使いこなす指導書の作成をもめざした。またモデルケースとしての支援をおこない、その効果の評価をつうじて、現場の教育関係者の使用への汎用性のたかい支援システムの一環としての、障害評価一支援のソフトウェアの体系化をこころみた。

 2007年以来、発達障害の子ども向けの教材の開発を独自に行い、それにもとづいた学習支援の試行を行ってきた結果、2011年度現在、実践活動の拠点は京都市、名古屋市、岐阜県可児市の3カ所となり、支援に参加している生徒の数は50名にのぼる規模となっている。それぞれの生徒は原則として週に一度、拠点に設定された場所で専門スタッフにより、60分程度の支援を受け、かつ支援の進行にともないインターネットを介して、家庭でも同一教材を用いて学習をおこなうようになっている。今まで、参加してのち脱落した子どもは皆無である。

 開発した教材のオリジナルな点としては、コンピュータ(ウインドウズ)による学習であることを挙げることができるだろう。具体的な内容は、ひらがなとカタカナによる日本語の読み書きの学習が基本となっている。原則として画面上に、見本となる単語あるいは文が、ひらがなあるいはカタカナで提示される。それを子どもが自分自身、キーボード操作により、かな入力で再現することを繰り返して、レッスンは進行する。キーボードは画面上にも表示される。進行に応じて、見本刺激の難易度は、高くできるように工夫されている。実際に使われている日本語語彙はすべて、小学校1・2年用の国語の教科書に準拠している。

 単語練習課題では、語彙の提示が視覚と聴覚同時に行われ、かつ各語彙の意味する内容を写真で表示することが可能となっている。これによって子どもは、課題に取り組むことへの関心を高く保ったままでいれることが過去の私たちの研究で明らかになっている。提示される語彙(文)を表す文字と、音として流れる文字に対応する発音、そして語彙の場合にはそれぞれの写真 - いずれも、それぞれを敢えて表示しないでキーボード入力を子どもにもとめることもまた、可能である。つまり単語としての「りんご」を、発音を耳にすることなく、写真もなく、文字を目で追うだけでキーボード入力したり、逆に画面には何も表示されないのに、「りんご」と耳で聞いただけで入力する作業ができるようになっている。

 これは課題に習熟するにつれて、「読み」や「聞き取り」を重点的にトレーニングすることを目的としている。また文字の提示時間も自由に操作できる。たとえば一瞬だけ、刺激単語(あるいは文)が表示され、そののちすぐに消えてしまったのを、一時的に記憶しておいてキーボード入力で再生するという課題を設定することも、できるようになっている。支援を受ける子どもの進捗状況に応じ、どこが苦手かを注意深く見守りながら「ひとりひとりに合った」支援をおこなうための手段として開発されている。

ひとりひとりに合った日本語読み書き支援のための障害評価法と汎用性のあるlT統一教材の開発
設置期間中の研究業績一覧
(2006年~2011年9月末日まで)
 
松沢哲郎
■論文(英文)
■著書(英文)


佐藤弥
■論文(英文)
■論文(和文)
■著書(英文)
■著書(和文)
■学会発表(英文)
■学会発表(和文)
■その他(和文)


林美里
■論文(英文)
■論文(和文)
■著書(英文)
■著書(和文)
■学会発表(英文)
■学会発表(和文)
■その他(和文)
■その他(英文)


伊村知子
■論文(英文)
■論文(和文)
■論文(和文)
■著書(和文)
■学会発表(英文)
■学会発表(和文)
■その他(和文)
■その他(英文)


正高信男
■論文(英文)
■著書(和文)
■著書(英文)
比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門 研究報告書
2012年1月
発行
〒484-8506愛知県犬山市宮林41-2
京都大学霊長類研究所
松沢哲郎
寄附研究部門受入責任者
松沢哲郎(京都大学霊長類研究所・所長, 思考言語分野・教授)
研究総括
松沢哲郎(京都大学霊長類研究所・所長, 思考言語分野・教授)
正高信男(認知学習分野・教授)
専任研究者
佐藤弥(白眉プロジェクト・准教授)
林美里(思考言語分野・助教)
伊村知子(思考言語分野・助教)
研究協力者
福島美和(日本学術振興会特別研究員・東京大学先端技術研究センター)
伊藤祐康(認知学習分野・大学院生)
小川詩乃(認知学習分野・大学院生)
清長豊 (認知学習分野・大学院生)
高島友子(思考言語分野・技術補佐員)
事務職員
奥村由香里(思考言語分野)
新谷さとみ(認知学習分野)
道見里美(認知学習分野)
井田美沙子(認知学習分野)
編集
伊村知子