松沢哲郎

そして月に行く

2017年11月19日付愛媛新聞(掲載許可番号:G20180201-03549)

パラボリックフライトを体験した。飛行機の機首を上げて上昇した後にエンジンを止め、放物線飛行(自由落下)をして無重力環境を再現するフライトだ。

名古屋空港から太平洋に出て行く。急上昇・急降下を繰り返し、1回約20秒間だが、無重力を体験した。0Gって、おもしろい。まずふわりと体が宙に浮く。手足は動くのだが、体は宙を漂う。手から離したペンが目の前に浮いたままで、下に落ちない。目をつぶると天地の方向が分からない。

宇宙飛行士の土井隆雄さんとの共同事業である。土井さんは日本人として初めて宇宙船の外に出て船外活動をした方で、2016年4月から京大の特定教授になった。彼の説明によると、パラボリックフライトで体験する無重力状態は、宇宙のそれと全く同じという。

急上昇するときに2G近い重力がかかることが、宇宙とは異なる。体が重い。床に押し付けられ押さえ込まれる感覚がある。力を込めないと手が動かない。そして急下降することで0Gを体験する。

9回体験した後、10回目は下降の角度や速度などを変えることで6分の1Gも体験した。これは月の重力だ。体は立ったままだが、ちょっと蹴ると、足がふわりふわりと浮く。ぴょーんぴょーん、とても軽やかにゆっくりとステップしている感じだった。

こうして、0G、6分の1G、1G、2Gと、四つの重力状態を体験した。全く同じ私の体なのに、重力が変わると体の感覚がまるで変わってしまう。普段は全く意識しない重力を実感できた。

考えてみると、これまでの人類の歴史はすべて1Gの世界の出来事だと言える。これから人類は、月や火星という宇宙に進出するだろう。そのとき、環境の変化に伴い体の知覚は変化する。きっと心も変化するだろう。私の学問である霊長類学は、人間をそれ以外の動物と比較することで、人間とは何か、人間はどこから来たのかを明らかにしてきた。

そうした過去を問うのに対して、「人間はどこに行くのか」という未来の話があり得る。人間はこの先どのように進化していくのか。過去を振りかえるだけでなく、未来に触れてみたい。そう思って、まずはパラボリックフライトを体験した。そして、1969年のアポロ11号の着陸以来、人類が訪れていない月に行き、定住することを考えている。

月の一点に居を構えたとしよう。素朴に考えれば、地球が昇っては沈みそうに思える。しかし実は、月から見ると地球は中空の1カ所にとどまっていて、動かない。位置を変えずに、ただ満ち欠けをしている。そして月には2週間続く長い夜があり、2週間に及ぶ長い昼がある。そこは6分の1Gの世界。人類が誰もまだ経験したことのない世界だ。

森から出てサバンナに進出した祖先から引き継いだ性質が、今の人間をつくった。そうならば、人間は新しい環境の下、この先どのように進化していくのだろうか。答えを探すためには、これまでにない世界に一歩を踏み出すことが手がかりになると考えた。そして私たちをつくってきた地球を外から眺めたい。

こうしたまだ誰も考えてもいない地平から、人間の未来に目を向けた、新しい霊長類学を夢想したいと思う。