松沢哲郎

ブータンの国民総幸福

2017年12月24日付愛媛新聞(掲載許可番号:G20180201-03549)

ブータン王女が10月下旬に来日した。ソナム・デチェン・ワンチュク王女である。聡明で美しい方だった。現在の第5代国王の妹にあたる。1981年のお生まれなので36歳。結婚して2人の男の子がいる。米国ハーバード大を卒業して、スタンフォード大で法学の博士学位を取得した。

日本では女性皇族は結婚すると皇室を離れるが、ブータンでは王女に生まれれば王女のままだ。宮家は創設しないが、王女の身分のまま生涯を過ごす。極めて分かりやすく合理的な制度だといえる。男系をもって皇統を継ぐ日本のそれとも矛盾しない。王室の一員として王女のまま国王を補佐し、かつ経歴をいかしてブータンの法曹の要職にある。弁護士会の総裁で、新設した司法研修所の所長を務めている。

今回は、父である第4代国王の名代として来日した。山極寿一総長の裁量経費で京都大が招聘したものである。この機会に、皇室の方々と交流し、日弁連の中本和洋会長と面談して協力を要請した。

じつは、京都大とブータンとのお付き合いは57年秋にさかのぼる。第3代王妃の来日を聞き知った桑原武夫と芦田譲治の両教授が応接した。当時ブータンの山はすべて未踏峰だった。彼らは登山隊を送りたかったのだ。ご縁があり、その京都大学学士山岳会の現会長を私が務めている。

60周年の節目にあたり第4代国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下をお招きした。それはかなわなかったが最愛の王女を派遣してくださった。なぜ第4代国王なのか。国民総幸福(GNH)という概念を提唱した方だからだ。私は3度ブータンに行った。2010年の訪問時に陛下にお会いしてお話を聞く機会を得た。

父である第3代国王が早くに亡くなられたので16歳で王位に就いた。北は中国、南はインドに挟まれたヒマラヤの小国である。大きさは九州くらいで、人口は島根県ほどの約70万人。東のシッキムや西のネパールというかつての王国が次々と混乱する中、ブータンは国を安寧に保ってきた。殿下のかじとりのゆえだ。

1970年代早々に国民総幸福という理念を掲げた。国内総生産(GDP)や国民総生産(GNP)ではなくて、GNHこそが重要だという。国王として2008年に憲法を制定し、自ら王制を廃して立憲君主制に移行した。日本国憲法の第9条は戦争放棄だが、ブータン国憲法の第9条は国民総幸福だ。国の政策の基本原理は国民総幸福の追求だと定めた。また国王に65歳の定年制を敷いた。議会によって王を廃することもできる規定まで盛り込んである。

国民総幸福の提唱から憲法発布までなぜそれほどの時間がかかったのか。答えが興味深かった。まず国民の識字率を高めたかったのだそうだ。文字が読めなければ憲法は絵に描いた餅である。まず初等教育に力を入れた。そして全国民の識字率が60%を超えたところで憲法を発布したという。

国をかじとる要諦は何ですか、と重ねてたずねてみた。知恵と力と慈愛だという。知恵と力か、なるほど。誰でも何でもそうだと思う。でも3番目のコンパッション、慈愛、というのが秀逸だ。事業を起こし率いる根底には、人々に向けた優しいまなざしが必須なのだと理解した。もう一度、ぜひお会いしたい方である。