「入れ子のカップ」と呼ばれる課題がある。直径の違う丸いカップを5個かさねて,入れ子状に組み合わせれば正解だ(図1)。単純な遊びにみえるが,カップをどのようにかさねるかに注目すると,子どもの知的な発達を調べることができる。

最初に入れ子のカップを使った研究をはじめたのはアメリカの発達心理学者グリーンフィールドたちだった。彼女らはカップの組み合わせ方に3つの方法があることに気づいた。1つ目は「ペア型」と呼ばれ,1つのカップを別のカップにかさねる方法だ。2つのカップをかさねてペアを作るだけでおわりになって,別のことをはじめたり,せっかくかさねたカップを取り出して分解してしまったりする。2つ目は「つぼ型」と呼ばれ,1つのカップに次々と別のカップをかさねていく方法だ。受け手になるカップ(つぼ)が決まっていることが特徴だ。3つ目は「部品集積型」と呼ばれる方法だ。いくつかのカップをかさねて作った組み合わせを1つのかたまり(部品)としてまとめて動かし,別のカップにかさねる。いずれの方法も,かさねたカップが大きさの順になっているかどうかは区別しない。カップの大きさや正解への近さなどを考えればでたらめに見えるカップのかさね方に,ある種のルールが存在することを示そうとした分類だ。

この3つの分類にもとづいてヒトの子どもの発達を調べると,1歳未満の子どもでは2個のカップをかさねるだけの「ペア型」がほとんどだった。1~2歳では3個以上のカップをかさねるようになるが,そのとき使われる方法はおもに「つぼ型」だった。3歳ころになると,ようやく「部品集積型」が見られるようになる。

図: 入れ子のカップを組み合わせるアユム3歳8カ月

では,チンパンジーではどうだろうか。3人のちびっこチンパンジーとそのお母さんたちに入れ子のカップ課題をやってもらった。お母さんの中では,アイが一番上手に入れ子のカップをかさねた。アイは若いころ,9個のカップを組み合わせるのに成功したこともある。今回は5個のカップで試したが,上手にかさねあわせるし,「部品集積型」の組み合わせ方も使った。クロエとパンは,はじめのうちは5個のカップを入れ子にすることができなかった。そこで,カップの数をへらして練習した。数カ月たつと,2人ともアイと同じように上手に5個のカップをかさねることができるようになり,「部品集積型」も使うようになった。

ちびっこチンパンジーはどうだろう。赤ちゃんのころはお母さんがカップをかさねる様子をただ見ているだけだった。3人とも生後3~4カ月ころに初めてカップに手を伸ばした。7カ月ころになると,さかんにカップをさわり,お母さんの邪魔をするようになった。子どもだけがカップで遊べる時間を作ると,うれしそうにカップをさわってガチャガチャ音をたてることが多かった。1歳半をすぎると,それらの遊びの中で,特にそうしなさいといわれたわけではないのだが,自分からカップをかさねるようになった。はじめは2個のカップをかさねておしまいという「ペア型」だけだった。2歳をすぎると,徐々に3個,4個と組み合わせるカップの数が増えていった。ただし,3個以上のカップを組み合わせるときにも,ちびっこチンパンジーは「つぼ型」の組み合わせ方しかしない。これと決めたカップの中に,なんでもかんでも押し入れようとする。「部品集積型」はほとんど皆無といってよい。

4歳になってからは,大と中と小の3個のカップだけを使ったやさしい課題にして,様子を見ている。一見すると,3個のカップなら簡単に正解しそうだが,実際はそうではない。ちびっこチンパンジーが正解できるのは,一番大きいカップにまず中くらいのカップを入れて,次にその大と中の重なったカップに小のカップを入れる,というパターンに限られている。これは大きいカップが「つぼ」の役目をはたして残りの2つを受け入れる「つぼ型」の方法だ。

これがヒトのおとななら,小さなカップを中くらいのカップに入れ,その「小カップと中カップの組」をひとまとめにしてもちあげて,残っている大カップに入れるという正解の仕方もあるだろう。これがカップの組み合わせを1つの部品としてあつかう「部品集積型」だ。しかし,ちびっこチンパンジーたちはせっかく小を中に入れても必ずここで不可解な行動をする。それをひとまとまりとして動かすことはない。残った大カップを無理やり中小の組み合わせの上につみあげようとしたり,せっかく作った中小のカップの組み合わせから小カップを取りだして大カップの中に入れてみたりする。では,カップの組み合わせを1つのまとまりとしてつかむことができないかというと,それも違う。かさねたカップをもちあげて振り回したり,検査をしているヒトに返したりする。でもけっしてカップのまとまりを別のカップに組み合わせることはしない。

問題を解こうとするとき,ちびっこチンパンジーはひとつひとつのカップをまったく別個の物としてとらえているのかもしれない。かさなったカップを1つのまとまりとしては見ていない。おそらくヒトの小さい子どもでも同じではないだろうか。それがやがて,ヒトのおとなと同じように,カップの組み合わせを1つのまとまりとして見ることができるようになっていく。ちびっこチンパンジーたちもやがて物のまとまりを見ることができ,母親たちのように入れ子のカップを上手にかさねるようになっていくのだろう。

個別のものをあつかう段階から,それらを1つのまとまりとしてあつかう段階へ。ヒトの子どもが何種類もの個別の犬をまとめて,「犬」という言葉のラベルを身につけていくのと同じような発達過程が,チンパンジーの物のあつかい方にも見られるのではないだろうか。言葉の基礎となる「個別のものをまとめる力」を,ヒトもチンパンジーも発達の過程で獲得していくのだろう。

撮影者:中村美穂 アニカプロダクション/京都大学野生動物研究センター
9個のカップを重ねるアイ 撮影年:1990年
この記事は, 岩波書店「科学」2004年11月号 Vol.74 No.11 連載ちびっこチンパンジー第35回『入れ子の力ップ』の内容を転載したものです。