図1: 火柱を上げながら緑の回廊を燃え進む野火

東屋方式の導入

 ギニア共和国,ボッソウ村のチンパンジーが暮らす約5km 2の森を,ニンバ山までつなげる幅300m,距離4kmの植林計画が始まったのは1997年のことである  (本連載39回52回参照)  。チンパンジーの糞から取り出した種を育てた苗木をサバンナに植林した。チンパンジーの消化管を通過した種子は発芽率も高くなる。種子散布という生態系の仕組みを利用した方法だ。サバンナは日差しが強く乾燥するため,マニオク畑にして日陰を作ったり,「ヘキサチューブ」と呼ばれるポリプロピレンの筒で苗木を守ったりした。それでもサバンナで枯死する苗木は相当数あった。
 
 そこで2007年,大橋岳さんの発案で,サバンナの強い日差しから苗木を守ることができるようにと東屋方式を導入した。通常,林床のような適度に光と湿気のある苗床で苗木を育て,丈が50cm程に成長したらサバンナへ移植する。苗木が根付くまでのあいだ,苗床のときと同じように適度な日陰のある環境で生育できるようにしたいと考えた。竹を柱と梁にした高さ1.8m程の棚を作り,天井をヤシの葉で覆う。そこへ苗木を移植すれば,竹やヤシが少しずつ朽ちてゆくあいだも日差しを遮り苗木を守る。
 
 東屋3棟から試験を始め,効果を見守りながら徐々に増やした。現在は27地点になった。高い苗木は4mを超える。サバンナの真ん中でも苗木が生育できるようになったのだ。東屋の天井の高さにまで木が成長したら,朽ちて骨組みだけになった東屋を撤去する。根付き,ある程度成長した木はサバンナの環境に耐える。成長した木が日陰を作り,丈のまだ小さい苗木は木漏れ日でゆっくりと生育を続ける。今年(執筆当時の2011年)は,トヨタ財団の援助を受けて東屋を増設し,目標2万本の苗を植える。

野火とのたたかい

 苗木の生育を脅かすものは,サバンナの乾燥や強い日差しだけではない。緑の回廊はこれまで幾度も野火に焼かれてきた。その経験から緑の回廊を取り囲むように幅10m長さ4kmの防火帯を設けている。2009年1月,サバンナの野火が強風に煽られてこの防火帯を飛び越えた。化学樹脂製のヘキサチューブは熱に弱く簡単に燃えた。
 
そして今年2月7日,野火が縁の回廊を再び襲った。ボッソウでは通常,12月から翌年の4月頃まで乾季が続き,降水は僅かである。当時も1月末に激しい雷雨が一晩降ったのみだった。いつものように朝8時に緑の回廊へ向かい,生育した苗木の周囲に生える草をひとりで刈りとっていた。そのときだった!

13時50分。ふと見上げると東の方角に白い煙が見えた。回廊のすぐ脇だった。強い風が回廊に向かって吹いていた。しばらくして煙は薄くぼやけて野火の勢いが弱まった。14時30分。「パチ,パチパチ」という音がこれまで以上に大きく聞こえ,真っ黒な煙が激しく立ち上った(図1)。草木の燃えた灰が降り始め,たくさんの鳥が激しく舞うように飛んだ。

野火を見るのは初めてだった。見張りの若者2名と野火の進路を確認することにした。よく見える場所に到着した頃には,野火は回廊の内部に進入していた。急ぎ人手を集めた。その間にも炎は風に乗って緑の回廊を横切るように燃え進む。若者らと回廊を縦断する小道を歩いているときだった。「ここから火をつけて野火を消そう」と言って,ひとりが草むらに火のついたマッチを落とし始めた。小道から野火に向かっていくようにサバンナを焼いてしまえば,さらなる延焼は食い止められると考えたのだ。しかし風が強かった。「あっ」と思ったときには,立ちこめる煙の向こうで火柱が小道の両側から上がっていた。ついに集中して植林をしてきたサバンナに火が侵入した。17時,野火は緑の回廊を渡りきって鎮火し,見渡す限りの焼け野原となった。

図2: 野火は東屋の横まで来てサバンナを焼き尽くした

苗を守り育てる東屋

翌8日,緑の回廊を歩いた。目測で緑の回廊の1/3が焼けた。2009年に野火を逃れたヘキサチューブも焼け爛れていた。一方,これまで手入れをしてきた27カ所の苗木を見て回ると,苗木は焼けていなかった。焼け焦げたサバンナも,苗木を植えたところだけは緑茂る木々が固まって生えており,海に浮かぶ島のように見えた。27カ所の植林を見終えたとき,昨日の野火で被害を受けた苗木はゼロだとわかった。少なくとも8カ所の植林地点が野火に囲まれたが,苗木の脇で延焼が止まっていた(図2)。

苗木が無事だった理由は草刈りだった。草を刈っていたために,苗木の周辺には燃えるものがほとんどなかったのだ。枯れた刈草はあっても,地面に横たわっていた。立ち枯れた草に火がつき風が吹けば高い炎を上げて延焼するが,少量の枯れ草が横に寝ていても風は上を通り過ぎ,火は強まることなくやがて鎮まるのだ。筆者らは1月中旬からずっと苗木周辺の草刈りを続けており,枯枝は撤去してあった。27カ所の植林は,どこも歩きやすく見通しがよかった。

今回の野火で,苗木を植えた場所そのものが防火帯と同じ役割を果たすことがわかった。防火帯の効果をある程度期待できても,距離が長いだけに見落としが出てくる。野火の侵入を完全に防ぐことはできない。一方,植樹した苗木周辺の草刈りならば日々の作業で十分だ。野火の発生を防ぐことはできなくても,野火から苗を守ることはできそうだ。手入れの行き届いた東屋を増やせば増やすほど緑の回廊は野火に強くなる。東屋から育った木々の成長を楽しみに見守ってゆきたい。

この記事は, 岩波書店「科学」2011年5月号 Vol.81 No.5 連載ちびっこチンパンジー第113回『チンパンジーのすむ森をつなぐ緑の回廊:東屋方式の成功』の内容を転載したものです。