Credit: Primate Research Institute, Kyoto University
図: ボノボの母子。子どもの時期でも顔が黒っぽいのが,ボノボの特徴の一つ

ボノボに会いたい

チンパンジーを知っていても,「ボノボ」を知っている人はまだそれほど多くないだろう。日本の動物園にはボノボがいないし,写真を見てチンパンジーとボノボを見分けられるのは,かなりの玄人に限られる。チンパンジーとボノボは大河によって生息域が隔てられているものの,遺伝的には非常に近い類縁関係にある。しかし,彼らの行動や社会は,まったく違っているといわれる(本連載107回参照)。

何がどう違うのか,実際に自分の目で確かめてみたい。そんな思いを胸に,コンゴ民主共和国のワンバ村を訪れた。夜明け前に村を出発して,ボノボがくらす森に入る。森の中の道筋にも果物が落ちていて,誰にも食べられないまま朽ちているものもある。もちろん季節による違いもあるだろうが,とても豊かな森が残っているようだ。そんな森の奥に,ようやくボノボの姿を発見した。

チンパンジーを見慣れた目からは,かなり小柄な体格に見える。その分,手足がすらっとしているようだ。そして,体の動きが軽快だ。枝から枝に飛び移ったり,低い枝からぴょんと下に飛び降りたりする。声の高さも鳥のように甲高く,チンパンジーのどこか凄みのある太い声とは明らかに違う。写真に撮ってあとから見直すと,たしかにチンパンジーによく似ているのだが(上図),かなり違いがあることに初日から驚いた。

ボノボのくらし

数日たつと行動やくらしぶりの違いも見えてきた。チンパンジーのように男性がいばっていない。女性たちが子どもと一緒に木の上でくつろいでいるときに,男性たちが下のしげみの中で枝を引きずって大きな音をたてている。チンパンジーなら男性たちの力自慢や力比べがよく争いの火種にもなるので,女性たちも大きな声で騒ぎたてる。ところが,ボノボの女性は見向きもせず,下の男性の動きを完全に無視している。

男性が,まだ木の上に残っている女性たちをきょろきょろと見回して動くのを待ち,移動するときも女性たちのあとを静かについていく。外見がチンパンジーと似ている分,不思議なものを目にしている感覚が大きい。チンパンジーの常識が,ボノボの社会ではまったく通用しないようだ。

ボノボの親子を観察していて,ふと思った。チンパンジーでも,息子がいつまでたっても母親に頭が上がらないことはある。それが,他の女性たち全般に応用されて,男性が子どものころから,さらにおとなになっても女性たちの顔色をうかがって生活するとしたら,ボノボのような社会ができあがるのかもしれない。いずれにせよ,力ずくで物事を解決しようとする傾向が強いチンパンジーに比べて,ボノボのくらしぶりはじつに平和そうで見ていて心が安らいだ。

ボノボの研究

筆者は以前に,飼育下のボノボを対象とした研究をしたことがある。動物園でヒトに育てられたボノボの子どもたちが,積木やカップなどのおもちゃでどのように遊ぶかを観察した。野生のチンパンジーは多くの道具を使うことが知られているのに,野生のボノボでは道具使用の報告がほぼ皆無だ。しかし,飼育下で物の遊び方を調べてみると,チンパンジーとボノボはあまり変わらないようだった。どちらも,積木を高くつみあげたり,カップをかさねたりすることができる。知性の発達の道筋自体は,チンパンジーとボノボで似ているといえるだろう。その知性をそれぞれのくらす環境にあわせて発揮して,柔軟に使ううちに,その種に独特のパターンがうみだされていくのかもしれない。

森にくらす大型類人猿4種をすべて実際に見て,そのくらしや周りの環境を体感してきた。それぞれに違っておもしろいというのが第一印象だ。だが,違いをこえて,根底にヒトとつながる部分があるというのも,興味深い。ある日,ボノボの子どもが一人でするすると木の下のほうに降りてきた。木の葉の間からこっちのほうをじっと見ている。見慣れない研究者たちがカメラをかまえている様子を,近くから見たかったのかもしれない。しばらくすると,その男の子は自分の顔の前にあった葉のついた小枝を折った。どうやら視界を邪魔していたようだったが,そこまでして見たいのか,と周りの研究者たちの笑いを誘っていた。観察する側と観察される側が入れ替わった瞬間だった。お互いに見つめあうと,どこか通じ合えたような気がする。これも,大型類人猿のフィールドワークのちょっとした楽しみの一つである。

考古学的にみると,かつて地球上にはもっと多様な類人猿のなかま(中新世ホミノイド)がくらしていたらしい。その中から小型類人猿のテナガザル類,大型類人猿のオランウータン,ゴリラ,ボノボ,チンパンジー,そしてヒトだけが,今も生き残っている。多様な特徴をもった種が共存していたところから,数少ない生き残りが出て,さらにその中の一種であるヒトは,いまや他の種の生存をもおびやかしている。同じ種であるにもかかわらず,ヒト同士が争い,殺しあったりする。ボノボがくらすコンゴでも内戦の日々があり,多くの犠牲者が出た。しかし,今回の旅で出会ったヒトは皆おだやかで,なぜ内戦という惨事が起きたのか不思議に思った。部族間の不公平感から対立が生じ,復讐が新たな復讐をもたらしてしまったという側面もあっただろう。閉じた世界の中で現代のヒトだけを考えるのではなく,今生きている種を研究したり進化の歴史に目を向けたりすることで,多様性の中に自分たちの存在を位置づける広い視野をもつことが,平和なくらしを実現するために必要なのかもしれない。

謝辞

今回の渡航では古市剛史氏にお世話になった。特別推進研究アジア・アフリカ学術基盤形成事業の支援を受けた。記して感謝したい。

この記事は, 岩波書店「科学」2011年11月号 Vol.81 No.11 Page: 1126-1127  連載ちびっこチンパンジーと仲間たち 第119回『チンパンジー研究者からみたボノボ』の内容を転載したものです。