2013年9月30日夜,47歳でレイコが亡くなった。一周忌を前に,その一生を振り返ってみたい。

出会い

霊長類研究所が発足して2年目の1968年7月3日に,黒ずくめで,ぱちくり目玉の可愛い,しかし不安げでおどおどした様子の,2~3歳くらいの女の子が入ってきた。研究所の飼育員だった私(熊崎)もチンパンジーを間近に見るのは初めてで,物珍しさに,薄暗い鉄製ケージの奥で目だけが光っている霊子(レイコ)をまじまじと見たことを思い出す。テントの中に砂を盛りブロックを並べた上に,1m角の鉄製ケージを置いただけという,あまりにも簡易な施設で,ニホンザル2頭と並んでの生活が始まった。外は,研究所本棟の第1期工事の完成が近づき,騒音と土挨がひどい工事現場。 レイコはさぞかし心細かったことだろう。8月に本棟地階の第3ケージ室に引っ越したが,そこは当時の実験動物用飼育施設で,窓がなく,掃除の水も乾かずじめじめしていた。

一日の仕事が終わると,レイコのところに通った。なんとか友達になろうと格子越しにいろいろと試みたが,こちらを疑っているのか,近づいてくれない。ケージのドアを開けても出ないことがわかって,私はドアを開放してスノコに座り,レイコに食べ物を手渡し,足や手を触って,驚かさないように少しずつ馴致を進めた。数日後には,レイコが私の背中に指で触れたり,背後から臭いをかぎに来たりするようになった。

ある日突然,私の左肩にレイコが「フッフッ」と発声しながら唇を付け,直後に口を大きく開けて,前歯で肩を噛んできた。私は一瞬ドキッとして身体を硬くしたが,攻撃ではなさそうなので,じっと我慢していた。すると,レイコがだんだん私に密着してきた。やがて,レイコの片足が私の膝の上に乗り,しばらくして両足が乗り,全てを私に預けてきた。少々おっかなびっくりで,レイコの背中や腰をそっとなぜながら,なんともいえない感触と感覚を味わったことが忘れられない。

日々のくらしと訓練

3人の飼育スタッフが手の空いた時にレイコの相手をしていたが,地下室での生活は退屈だったと思う。私への馴致も進み,レイコに日光浴もさせなければと,外にも出し始めた。研究所の職員達とも顔見知りになり,毎日のように散歩に出た。野良猫を見つけて突如猛然と走り出し,林の中につっこんでいったり,本棟の第2期工事の様子を,柵に腰を下ろしてゆったりと眺めていたり……あの頃のレイコのようすを懐かしく思い出す。研究に使われない一時期があって,まだ幼いレイコものびのびしていたように思う。

レイコを研究する形態基礎部門から,歩行中の筋電図をとるために,機械の上で歩かせたり,電極やケーブルを上から押さえるための専用スーツを着させたりする訓練を頼まれた(図1)。上司の三輪宣勝さんの紹介で,隣の日本モンキーセンターの類人猿担当者に訓練の方法を聞いて,「よし」と「だめ」をはっきり教えることを習った。それをいつも頭に置いて,何度も失敗しながらも訓練と実験を並行しておこなった。レイコも時折いやがることがあったが,特注の手作りスーツもしっかり着て,実験に協力してくれた。

しかし,レイコはやがて,ケージ室に戻るのを嫌がって逃げ出したりするようになり,また身体も大きくなって電極付けが難しくなり,この歩行実験は中止になった。レイコはまた,地下室で一日を過ごす暮らしに戻ってしまった。

地下室からの脱出

1972年,新たに,サル類保健飼育管理施設の建物と,3区画の放飼場ができた。その1区画を利用して,クモザル2・オマキザル1・パタスモンキー2・アカゲザル1・マントヒヒ2・ミドリザル2という,子ども達の異種混合飼育が始まった。そこにレイコも加える許可がおり,レイコもいよいよ,陽の当たるところに出られることになった。初日の夕方,レイコは20mほどのドングリの木の枝先でバキバキ音を立てて巣作りを始め,実に手際よく寝場所を作った。ケージ室では見られない。野性味あふれるレイコの姿だった。

お婿探し,人工授精,子育て

月日が流れ,レイコにも生理がくるようになり,研究者からも子どもの研究希望が出始めた。お婿探しから3年掛かりで,人工授精をへてやっと妊娠が確認でき,飛び上がって喜んだ。1981年5月,レイコは男の子レオを出産した。レイコは出産直後,子どもを逆さに抱いてしまった。翌日から,乳首を吸われるのを嫌がるレイコを格子越しに叱ったりなだめたりして授乳訓練をし,なんとか母親保育に成功した。安定して授乳するようになったレイコは態度がどっしりとして落ち着き,どんどん母親らしく振る舞うようになった(図2)。実験のために親子を離すなど.しばらくレイコにとっては試練が続いたが,レオも順調に育って立派なおとなに成長した。

9回目の転居と老後のくらし

1995年に新棟が完成し,一挙に広くなった放飼場に,他のチンパンジーたちとともに転居した。穏やかな日には,15mのタワーの上にゆったりと横たわり,犬山市街をのんびり眺める,おばあさんになったレイコの姿があった。

下痢からはじまった体調不良で,レイコは数日間ほとんど寝たきりになった。水も飲まなくなり,腹部がはってきた。最後は,レイコが嫌がることはしないと決めて,麻酔をしての治療はせず,静かにそばに寄り添った。記録のためのビデオを残して皆がいなくなった数時間後,静かに寝ていたレイコの呼吸が止まり永眠した。レイコ,45年間もの長きにわたって私達とつき合ってくれてありがとう。安らかに眠って下さい。

この記事は, 岩波書店「科学」2014年10月号 Vol.84 No.10 Page: 1020-1021  連載ちびっこチンパンジーと仲間たち 第154回『レイコありがとう』の内容を転載したものです。