ボノボの研究を始めて,飼育下の彼らと接するようになったとき,確かにボノボはチンパンジーとは違うな,と思った。ふるまい方が,どことなく優しい感じがする。視線の違いに気づいた。ボノボは面と向き合うと,じっと目を見返してくる(図1)。このようなことは,チンパンジーはあまりしない。まれに 目を直接見返してくるチンパンジーもいるが,どちらかというと彼らは視線を合わせようとせず,人の足元のあたりを見ることが多い。直接視線を合わせることをなるべく避けているのだろうか。

ボノボのビジェイ
図1: 熊本サンクチュアリ(野生動物研究センター)のボノボのビジェイ。目を見つめると,目をじっと見返してくる。写真提供:Michel Seres

先行研究によれば,ボノボとチンパンジーはほぼ同等の知性を持つが,性格的にはかなり違うようだ。チンパンジーはボノボより攻撃性が強いことが知られる。見知らぬ個体と遭遇したときは,緊張が高まり,殺し合いに発展することもある。ボノボの場合,個体間に緊張が高まることはあっても,殺し合いに発展することはめったにない。生物としてのヒトは,ボノボ的な一面もあれば,チンパンジー的な一面もある。

他者と視線を合わせることーアイ・コンタク卜ーは,親和性と攻撃性を特徴づける上で重要な行動である。ヒトを対象とした研究では,親しみやすく共感性の高い人は,そうでない人に比べて,他者と視線を合わせる頻度が高いことが知られている。他者と付き合うことの苦手な自閉症の人たちは,他者と視線を合わせることが少ない。最近の研究によると,飼い犬の目を見つめているときの飼い主には,親和ホルモンであるオキシトシンが盛んに分泌されているらしい。

ボノボとチンパンジーでも,アイ・コンタクトの頻度には同様の種差があるのかもしれない。先行研究を調べてみると,意外にもこのことをしっかりと科学的に調べた研究はなかった。性格の異なるボノボとチンパンジーにおいて,視線にどのような違いがあるのだろうか?

図2: ボノボ(上段)とチンパンジー(下段)の顔写真(左:ボノボ,右:チンパンジー)の見方の例。

実験では,ボノボとチンパンジーに,ボノボとチンパンジー両方のスナップ写真を見せて,そのときの視線をアイ・トラッカーという視線計測装置で測った。結果,確かにボノボは写真の目をよく見た(図2)。顔写真を見せたときは,目を覗き込むようにしたし,全身写真を見せたときは,顔をじっと見た。それに対して,チンパンジーは目よりも口,顔よりも手元足元を見ることが多かった。

先の結果と合わせて考えると,ボノボは,他個体が誰でも目をよく見るし,目をよく見るからその視線の方向をよく追うということだろう。対してチンパンジーは,他個体の目を見ることがそもそも少なく,その視線の方向を追うのは,自分に関係がありそうな場合のみ(つまりモデルが同種である場合のみ)ということだろう。緊張の緩い個体関係の中で,他個体と同調して行動するのがボノボ流,緊張の高い個体関係の中で,他個体とさりげなく距離を置くのがチンパンジー流というところだろうか。むろんチンパンジー流のボノボもいるし,ボノボ流のチンパンジーもいる。

ちなみに,一部の例外を除いて,ヒトは他個体の目をかなりじっと見る種だ。他個体の視線を追尾する傾向も強い。この点では,ボノボ流に近い。ただし,緊張が高まると,チンパンジー流になる。どちらがよいとも悪いともいえない。場合による。紹介した研究は,米雑誌PLoS ONE および英雑誌Animal Behaviour に掲載された。

この記事は, 岩波書店「科学」2015年10月号 Vol.85 No.10 連載ちびっこチンパンジー第166回『ボノボとチンパンジーのアイ・コンタクト』の内容を転載したものです。