7月14日は世界チンパンジーの日

7月14日といえばパリ祭だ。フランス革命の記念日。バスチーユの監獄を人々が襲って王制を廃した。自由・平等・博愛(友愛)のスローガンが掲げられた。青は自由,白は平等,赤は友愛を表す,と解するのは俗説らしいが,フランスの国旗である3色旗(トリコロール)を思い出す。

今年から,7月14日は「世界チンパンジーの日(World Chimpanzee Day)」になった(詳細は以下のサイトに詳述されている。https://www.worldchimpanzeeday.org/)。

人間に最も近い生き物であるチンパンジーに思いをはせる日だ。野生か飼育下であるかにかかわらず,チンパンジーの保護・愛護・保全を進め,その必要性を訴える機会とする。

目的を共有する関係団体が協議してこの日を定めた。世界動物園水族館協会(WAZA)や,わたしもメンバーである国際自然保護連合(IUCN)の種の保存委員会・霊長類専門家グループがその声明に名を連ねている。由緒は1960年7月14日にさかのぼる。ジェーン・グドール博士がタンガニーカ湖畔のゴンベの浜に最初に降り立った日である。それから60年近い歳月が経過し,ゴンベは国立公園になっている。

「世界チンパンジーの日」の目標は,動物界を見渡して人間に最も近い存在であるチンパンジーを祝う。野生においては,生息地の破壊や,人間との共通感染症や,違法な商取引などの脅威にさらされており,そうした現実に対する意識を高める。飼育下においては,さらに適切な飼育をすることが望まれる。このすばらしい生き物が安全で希望のある未来を築けるように世界各地で行動を起こす日と定めた。

各地の動きがホームページの世界地図上で確認できる。わたしたちの調査地であるギニアのボッソウでは「緑の回廊」の植林事業をした(図1)。

撮影:森村成樹 Credit: Naruki Morimura / Wildlife Research Center, Kyoto University 「世界チンパンジーの日」を記念した植樹
図1: 2018年7月14日,「世界チンパンジーの日」を記念して,ギニアのボッソウでは人々がサバンナを切り開いて植樹の作業をした

アイの絵をスカーフにした

昨年はアイ・プロジェクト40周年だった。1977年11月10日,チンパンジーのアイが初めて京都大学霊長類研究所に来た日だ。まだ推定1歳の小さな女の子だった。その日から続く日々があり研究パートナーになっている。

コンピュータの前に座ってさまざまな認知テストをおこなう。それがアイの日課なのだが,勉強の合間には息抜きの時間もある。紙と絵筆を渡して自由にお絵かきをしてもらうのもそのひとつだ。ホームページで公開しているので,ぜひ描画のようすをご覧いただきたい。(https://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/ja/album/drawings_by_apes.html)。

チンパンジー研究をつねに支援してくださってきた元京大総長の尾池和夫先生が,京祁造形芸術大学の学長になった。その尾池先生から,学長室に飾るのでアイの絵が欲しいといわれた。造形芸大の准教授になった齋藤亜矢さんに手伝ってもらって,アイの絵を用意した。白い色紙に赤と黒の2色で描いてもらおうと提案したのは齊藤さんだ。実際に描いたのはアイである。

尾池先生がその絵をたいへん気に入ってくださった。造形芸大なのでいろいろな分野の芸術家がいる。 40周年記念に絹のスカーフを作ろうと発案してくださったのも尾池先生だ。スカーフを作ってくれたのは在校生の野村春花さんである。

最初の試作品が2016年の秋にできた。たまたまそのころ,京大総長の山極壽一さん,高等研究院の特別教授で同僚の数学者・森重文さん,そしてわたしの3人が,京都の大宮御所に招かれて両陛下と歓談する夕べがあった。ふつうなら著書とかを持参するのだが,できたばかりの試作品第1号を皇后さまにさしあげた。おめにかかる機会があると,「アイちゃんはいかがですか」「ジェーンはどうしていますか」と必ずおたずねになる。ちなみに皇后さまとジェーンは同年生まれで親しい間柄だ。

Credit: Tetsuro Matsuzawa, Kyoto University ジェーン・グドールさんと「アイのスカーフ」
図2: 「アイのスカーフ」をジェーン・グドールさんに差し上げた。
赤と黒の2色で描いたアイの原画があり,それをもとに作製した絹のスカーフである。

絹のスカーフを賞にする

翌2017年の春,国際学会に招かれて英国に行った。あらかじめ連絡すると,ジェーンがたまたまボーンマスの自宅にいることがわかった。1年間に約300回の講演をこなし世界を飛び回っているので,同じ場所に2週間以上いることはない。またとない機会なので,久しぶりに自宅を訪ねた。1850年代に建てられた3階建ての洋館である。「樺の木の館(The Birches)」と呼ばれている。彼女が生まれ育った家だ。            

一緒に犬を連れて近所の散歩をした。海岸に近い。帰宅して暖炉のある居間でくつろぐ時間に,アイのスカーフを取り出してジェーンに差し上げた。こうしてアイのスカーフ第2号はジェーン・グドールさんの手に渡った。それ以後,こうした贈答の機会にスカーフを利用している。 研究者としては,ジェーンのあとに,フランスのチンパンジー研究者サブリナ・クリフさん,次いで英国の研究者キャサリン・ホバイターさんに差し上げた。

「世界チンパンジーの日」のことをジェーンから知らされて,このスカーフを思い出した。贈答用に作ったのでまだ市販していない。そこでパリ祭の3色旗にならい,チンパンジーの象徴として「アイのスカーフ賞」を思いついた。賞品がこの絹のスカーフである。7月14日に,公益財団法人日本モンキーセンターから賞の創設を公表した( https://langint.pri.kyoto-u.ac.jp/ai/en/news/wcd/2018.html)。

「アイのスカーフ賞」は,チンパンジーやほかの霊長類を対象に研究や保全や福祉に生涯を捧げている女性研究者に贈る。スカーフはアイ・プロジェクト40周年を記念して作ったもので,原画はアイによって描かれた。9月末まで,その原画を日本モンキーセンターの「霊長類の絵画展」に出品展示している。ぜひご覧いただきたい。

この記事は, 岩波書店「科学」2018年9月号 Vol.88 No.9 Page: 0870-0871  連載ちびっこチンパンジーから広がる世界 第201回『世界チンパンジーの日:アイのスカーフ賞の創設』の内容を転載したものです。