撮影:松沢哲郎 Credit: Tetsuro Matsuzawa, Kyoto University ゴロンゴーザのチャクマヒヒのオスとメスのカップル
図1: ゴロンゴーザのチャクマヒヒのオスとメスのカップル

サバンナウッドランドの動物たち

モザンビークにあるゴロンゴーザ国立公園で8月の1週間を過ごした。モザンビークは,アフリカ東海岸で,対岸にはマダガスカル島がある。アンゴラやギニアビサウと並んで,ポルトガルの旧植民地だ。1992年まで続いた内戦のさなかは公園内の動物たちが食料として狩猟の対象になった。それが終わって,国立公園の動物たちが復活しつつある。米国の富豪グレゴリー・カ-が設立した財団の支援だ。

広さが3770km 2ある。東京都の約1.8倍の面積にあたる。まずヘリコプターで公園を見て回った。乗降用の扉を取り外してある。上空では身を乗り出すようにして下を見ることができる。まばらに木が生えた平地が果てしなくどこまでも続く。高低差に乏しいので河が大きく蛇行していた。ヘリコプターの音に驚いて動物たちが逃げ惑う。ウォーターバックと呼ばれる偶蹄類の群れがいた。推定4万5000頭だそうだ。川の中州にはゾウの群れがいた。川辺には無数のカバがいた。ワニもいる。木はまばらなので,空からの個体密度推定が容易だろう。

早朝にランドクルーザーで見回ると,インパラやヤブイノシシやヒヒが頻繁にあらわれた。ハゲタカが群がっている。近づいてみたらインパラのまだ新鮮な死骸だった。ライオンに捕食された残りのようだ。陽がすっかり昇るころゾウの群れを見つけた。木陰で休んでいた。ポルトガルで見た野生馬と同じ姿で,わずかな木陰に縦列駐車のようにひしめいていた。

草原のヒヒと疎開林のヒヒ

オックスフォード大学のスザーナ・カルバーリョとドラ・ビロが協力して開拓したフィールドだ。2人とも准教授で教え子にあたる。彼女らの指導する大学院生を案内役として,チャクマヒヒの暮らしを見た。公園内のどこにでもいる。ただし同じ種類なのに,群れによって行動圏の環境が著しく異なるのがたいへん興味深かった。

「草原のヒヒ」はフラッドプレイン(氾濫原)と呼ばれる広い草地に展開していた。雨季には完全に水没して巨大な湖になる。それが乾季には一面の草原で,ウォーターバックやインパラが群れをなして草をはむ。その傍ら,距離わずか数十mに寝そべるライオンがいた。そうした風景の中をヒヒの群れがゆっくりと歩いていく。

もうひとつは「疎開林のヒヒ」と呼べる群れだ。草原から数km離れた場所に遊動域がある。草原をまったく使わない。木々がまばらに生えた疎開林だ。とげとげのあるアカシアの木がめだつ。そ の樹皮を食べているところを目撃した。木のてっぺん近くの樹皮がはがされ垂れさがっている。

わずか数kmしか離れていない2つの群れが,まったく違う景観の中で,おそらくかなり違う食性で暮らしている。雨季に湖になる草原ではヒヒは暮らせない。新たな適地を求めて移動する姿を思い描いた。ヒヒ属はアフリカのほぼ全域に分布して,さらに一部はアラビア半島にまで進出している。人間すなわちヒト属以外の霊長類をみると,分布域の広さではヒヒ属と,ニホンザルを含むマカカ属がめだつ。

撮影: 杉山茂 Credit: Shigeru Sugiyama 妙高笹ヶ峰にあらわれるようになったニホンザル
図2: 妙高笹ヶ峰にあらわれるようになったニホンザル

妙高笹ヶ峰に進出したニホンザル

霊長類研究所に就職した冬に,志賀高原の野生ニホンザルを見に行った。以来四十余年,日本の各地で野生ニホンザルとその生息地を見てきた。北限の下北半島から,白神山地,金華山,妙高高原,黒部川,白山,嵐山,小豆島,幸島,南限の屋久島までである。

1969年から妙高高原笹ヶ峰にある京都大学山岳部のヒュッテに通っている。近年までサルはいなかった。笹ヶ峰高原は一面の草原で牛や羊がゆったりと草をはんでいた。それが,半世紀でみると2つの要因で環境が変化してきた。第1は過疎化だ。麓の杉野沢のあたりの人口が減り,街中でもサルを見るようになった。第2は,笹ヶ峰の草原が退縮して徐々に森林に置き換わりつつある。シイやブナやナラの林がダケカンバなどと混在している。

近年になって,笹ヶ峰ヒュッテ標高1300 m付近でサルをときどき目撃するようになった。本年9月と10月に訪れたがいずれも毎日サルを見た。この半世紀で初めてのことだ。明らかにサルの分布域が拡大している。でも冬は4mの積雪があり笹ヶ峰では暮らせない。きっと麓に下りるのだろう。ではそこに元からいるサルたちとどう折り合うのだろうか。

マカカ属の中で最大の版図をもつのはアカゲザルだ。アフガニスタンからインドを経て中国東部まで広く連続分布している。東端のマカカ属が二ホンザルで,西端にはバーバリーエイプと呼ぶ尻尾の極端に短いサルが北アフリカにいる。つまり,アジア・アフリカという旧世界の温暖な場所を,西からはヒヒ属が,東からはマカカ属のサルがまるで占拠しているようにみえる。

両者の共通点は,①数十頭からなる群れを作ること,②何でも食べる雑食性,③海辺から高山まで多様な場所に生息する。ニホンザルは,北アルプスの高山帯に上がりライチョウを捕食している姿が目撃された。また黒部川の深い峡谷では,冬のあいだ断崖の洞窟を利用した暮らしがある。さまざまな環境に適応して,同じ種の中でも群れによって異なる暮らしをするようになったヒヒ属やマカカ属。さらには同じ群れが季節によって生息地さえ変える。そうしたサルたちの暮らしを広くみることで,「多様な環境に進出する」という新たな視点から人間の進化を捉えられるだろう。

この記事は, 岩波書店「科学」2018年12月号 Vol.89 No.12 Page: 1188-1189  連載ちびっこチンパンジーから広がる世界 第204回『ゴロンゴーザと妙高笹ヶ峰:多様な環境に進出したヒヒとニホンザル』の内容を転載したものです。