山と川と海のフィールド実習

西表島の自然に魅せられた。この4年間,毎年11月に5日間ほど行っている。まだほんのわずかな経験だが亜熱帯の島に魅せられた。

出会いは2006年9月にさかのぼる。当時,100個体を超えるチンパンジーが製薬会社に所有されていた。救い出して安寧な余生を送らせたい。京都大学で引き取り国有化する事業だ。実際に2011年11月に移管が完了して今の京都大学熊本サンクチュアリができた。当初,一群を「野生復帰」させ,南の温暖な島に放そうと考えた。調べてみると西表島の白浜地区の沖合3kmに外離島という無人島があった。広さ1.32 km2。そこで職員の野上悦子さんを現地視察に派遣した。その結果,①半裸で生活している人がひとりいた,②イリオモテヤマネコが海を渡る可能性がある,③サキシマハブがいる,という報告でひとまずあきらめた。

屋久島を除くと南西諸島(琉球列島)にはサルがいない。台湾にはタイワンザルがいる。つまり距離約1000 km,約200に及ぶ島々からなる海域にサルのいない島の生態系がある。京都大学リーディング大学院(PWS)の野外実習地を探しているとき西表島を思い出した。島のまるごと全体の生態系を野外で体験学習する。琉球大学の西田睦副学長らの協力を得た計画だ。

最初の年,見るものすべてが新鮮だった。琉球大学熱帯生物圈研究センターの宿舎では,11月だというのにセミの声がかしましい。蝶が飛びシークヮーサーの実がなっている。玄関前に黒くて大きなものが飛んできて木に止まった。カラスかと思ったらヤエヤマオオコウモリだった。翼を広げると60cmほどにもなる日本最大のコウモリだ。今回は、国の特別天然記念物カンムリワシが電柱に来て止まり,セマルハコガメが庭にいた。

イリオモテヤマネコは琉球列島で唯一の在来食肉目だ。西表島のみに生息する。分類学的には、約20万年前に大陸から渡来したベンガルヤマネコであることが分子レベルの研究からわかっている。人間がもちこんだクマネズミを除くと島にはげっ歯類がいないそうだ。だから島の生態系の頂点にいるネコとワシはカエルを食べる。そのサキシマヌマガエルをみつけた。ヘビも至近距離で見た。2mくらいのサキシマスジオだった。

Credit: Tetsuro Matsuzawa, Kyoto University
図: ウェットスーツを着てシュノーケリングをする筆者と後方は幸島司郎教授 (撮影2018年11月10日)
図: 2人乗りカヤックを漕ぐ大学院生の川口ゆりさんと幸島司郎教授 (撮影2018年11月9日)

カヤックとシュノーケル

西表島実習には毎年恒例の3つのメニューがある。①浦内川を船で遡上して船着場から島中央部ヘトレッキングする,②西田川で2人乗りカヤックを漕いで歩いて滝まで往復する,②シュノーケリングで海にもぐってサンゴ礁の生物を見る。天候しだいで,④ドローンによる空からの観察,⑤マングローブ林内の徒歩探査,⑥ナイトサファリと称する農場や道路端や海べりの観察,⑦船浦港でのミジュンなどの魚釣りがある。

陸と川と汽水域と海で,トレッキング・カヤッキング・シュノーケリング,つまり歩く・漕ぐ・潜るという野外活動を体験する。とはいえ初心者を想定しての実習なので,シュノーケリングでいえば,最初の年は「星砂の浜」で,立てば足がつく渚で顔をつける程度だった。それでも熱帯魚とサンゴ礁をじゅうぶん楽しめた。

学生時代わたしは山岳部だったので海の経験は乏しい。長じて国際会議のおりカリフォルニア半島先端のバハ・カリフォルニアや,ハワイ諸島の海に潜ったことがある。その美しさは今も忘れられない。慣れてきて,シュノーケルをつけたまま深く潜水すると,まるで人魚になったような気分だ。

年ごとにレベルをあげ,今回は船で沖合に出て,ウエットスーツと足ひれをつけて潜った。最初は船のまわりにいたが,思い切って沖のほうに出てみた。透明度の高い海の深い落ち込みの場所まで来ると,海底が見えなくなった。進む前のほうも見えない。見える世界のすべてが青一色になったとき,ふとヒマラヤのクレバスを思い出した。雪に覆われたヒドゥン・クレバスを踏み抜いたことがある。15mほどまっすぐ落ちてザイルで止まって宙づりになった。前後の垂直の氷壁に手が届かない大きなクレバスだ。下を見るとどこまでも黒々と深くて底が見えない。左右を見ると,蒼氷の壁が延々と続いていた。中空に浮いて何も見えない,というあのときの恐怖がよみがえってきた。

ナイトサファリでホタルを見る

ボルネオのダナムバレイやインバックキャニオンやマリアウベイズンで,ナイトサファリを経験した。夜行性の動物をたくさん見ることができた。樹間を滑空するムササビが印象的だ。シベットやハイラックスやマメジカやヨザルも見た。

西表島でも夜の浜辺を歩くとヤシガニがいて,船浦港では夜光虫も見た。今回は宿舎のまわりの夜道を歩いた。ささやかなナイトサファリで,カニを見つけた。コウモリがいる。カエルが木の上にいた。ヤモリが側溝を走る。もっとも容易に人目を引くのがホタルだ。

ホタルは約2000種が知られているが,日本にはこのうち50種余りがいるそうだ。代表的な日本のホタルはゲンジボタルとヘイケボタル。霊長類研究所のある犬山のたんぼの中を流れる川辺にも6月中旬になるとホタルが出る。ホタルといえば一般には発光するものと思われているが,ほとんど光らない種が多く,日本産でよく光るのは10種ほどだという。西表島では11月なのにホタルが道端で明滅していた。オオシママドボタルだ。地上を這う幼虫の尾部が明滅する。よく見ると,その上をオスの甲虫が飛び回っていた。

「日本列島弧」という言葉があるように北方領土から北海道,本州,四国,九州,さらに南西諸島へと伸びる南北約3000 km に及ぶ島国だ。知床・白神山地・小笠原諸島・屋久島と世界自然遺産が4つあるが,八重山列島の西表島を含む一帯が世界遺産登録を目指している。これからもこの貴重な自然に寄り添っていきたい。

この記事は, 岩波書店「科学」2019年1月号 Vol.89 No.1 Page: 0072-0073  連載ちびっこチンパンジーから広がる世界 第205回『西表島の動物たち:亜熱帯の島の生態系』の内容を転載したものです。