サワガニを採って食べるチンパンジー / Credit: Kathelijne Koops/Kyoto University

水中の食物を食べる

人間とチンパンジーの共通祖先は約600万年前にいた。共通祖先に近いものとして約440万年前のアルデイピテクス・ラミダス(ラミダス猿人)が有名だ。その全身骨格から直立二足歩行していたことがわかる。ただし腕の長さが脚よりもかなり長く、足の親指は他の指と離れていて枝をつかめるようになっている。つまり現在のチンパンジーに似た姿かたちだ。おそらく森とサバンナを行き来して、夜は樹上に寝ていたのだろう。

チンパンジーはかつての人類の生きたモデルといえる。その暮らしを知ることで、祖先の暮らしを推測できる。最近、東アフリカ・タンザニアで、京都大学の中村美知夫らのチームが、ヒョウの仕留めた獲物の偶蹄類をチンパンジーが追い払って食べることを見つけた。人類の腐肉あさりの起源として、積極的に危険を冒してでも取りにいったのだろう。また中央アフリカのガボンでは、独国マックスプランク研究所のシモーヌ・ピカらのチームが、陸ガメをつかまえて木の幹に叩き付けて甲羅を割って食べるようすを報告した。ほぼ男性だけがする行動で、他のなかまが配分にあずかる。

クービフォーラの化石人類の調査に松沢は加わったことがある。ケニアの北部、エチオピアとの国境に近いツルカナ湖の東岸で、約190万年前の地層の調査をしている。米国ラトガース大学のジャック・ハリスらの国際チームが、ホモ・ハビリスとみられる化石人類の足跡を発見した。湖畔の泥濘に残った足跡で、すぐそばには偶蹄類のそれもあった。

当時の人類がこうして陸上の動物を狩るだけでなく、水中の動物すなわち魚やカメやワニを捕食していたことが知られている。森を出てサバンナに進出した人類はさかんに肉食するようになった。その一部として、水辺に進出して川や湖の中にいる動物も食べるようになったと考えられてきた。

ボッソウの水藻すくい:デジタル・ホロタイプ

西アフリカのギニアで野生チンパンジーの調査が1976年から続いている。ボッソウの群れは、石器をはじめさまざまな道具を使うことで有名だ。1995年8月28日、当時エディンバラ大学の学部学生だったタチアナ・ハムルと松沢は水藻すくいと名づけた新しい行動を発見した。直径4mほどの池に繁茂しているアオミドロを棒ですくって食べる。翌日も発見してビデオに収めた。フォタユ、4歳の女の子である。シダの葉を引っこ抜いて、先端をかみちぎって長さを50cmほどにした。さらに片手で茎の部分をしごいて、正確には小葉と呼ばれる茎の左右についている葉をそぎ落としてつり棒を作った。それを水中に差し入れて水藻をすくって食べた。これが水藻すくいの「デジタル・ホロタイプ(行動の正基準標本となるデジタル映像記録)」だといえる。

水藻すくいは一年を通して観察できる。直近の例は以下のようだった。 2018年12月30日、松沢とガイドのジルが6時45分にゲインと呼ぶ森に入って7時28分にチンパンジーを発見した。いつものように約10mの距離をとってずっとあとをついて歩いた。9時30分に森と稲田の境界の小さな水たまりにさしかかった。フォタユの妹にあたるファンレ(21歳2ヵ月)とその息子のファンワ(7歳1ヵ月)だった。縦3m横1mほどの水たまりで水藻をすくった。息子は10mほど離れた場所に生えているマニオクの茎を折り取ってきて道具にした。母親は水面にかぶるようにのびた木本のアルコルニア・コルディフォーラの枝を折り取り、さらには池の近くの草本のコステイス・アフェールを折り取って道具に使った。こうして水藻を食べる行動がアフリカの東部・中部・西部でそれぞれ確認されている。

ニンバのサワガニ採集

最新の論文が出た。2012年2月25日、ボッソウから東へ約6km離れたニンバ山の中腹で、当時ケンブリッジ大学の大学院生だったカテリーナ・クープスのチームが、サワガニ採集の痕跡を見つけた。トラップカメラをしかけて3月23日に最初の撮影に成功した。2014年4月にエボラ出血熱の流行で全員が待避するまでの2年1ヵ月間で181例をビデオ記録できた。その結果、通年でサワガニ採集をしていた。女性と子どものほうが男性よりも採集の頻度が高く時間も長かった。雨量や果実の生産量とは関係しない。糞から出てくるアリによってアリ釣りの証拠があるが、それとは逆相関していた。つまりアリ釣りが多いときはカニ採集が少なく、アリ釣りが少ないと力二採集が多い。両者の栄養成分は似ていることもわかった。栄養分析すると脳の発育にたいせつな不飽和脂肪酸やカルシウムやナトリウムなどに富んでいた。肉を得るための男性の狩猟活動に対して。サワガニは危険が少なく女性や子どもの採集活動に適しているのだろう。

水藻すくいとサワガニ採集から、アフリカの森で暮らすチンパンジーも水中の食物を積極的に摂取していることがわかった。それが含意するのは,水中の食物を食べる進化的起源だ。人類が森からサバンナに進出して川や湖のほとりに出るはるか前に森の暮らしの中で水中の食物を食べる行動が生まれていたと考えられる。

参考文献

Koops K, Wrangham R, Cumberlidge N, Fitzgerald M, van KL , Rothman JM. , Matsuzawa T (2019)Crab-fishing by chimpanzees in the Nimba Mountains, Guinea Journal of Human Evolution , 133:230-241. https://dx.doi.org/10.1016/j.jhevol.2019.05.002 [日本語解説]
この記事は, 岩波書店「科学」2019年8月号 Vol.89 No.8 Page: 0740-0741  連載ちびっこチンパンジーから広がる世界 第212回『人類が水中の食物を食べる起源:野生チンパンジーの水藻すくいとサワガニ採集』の内容を転載したものです。