同種に対する視線をヒートマップで表した

赤ちゃんへの興味

街中で赤ちゃんを見かけるとつい目で追ってしまう。あるいは動物の赤ちゃんを目にすると「かわいい」と声を上げることもある。なぜ私たちは赤ちゃんが気になってしまうのだろうか。今までの研究から,赤ちゃんを見ると「かわいい」と感じられることや,そのときに脳の報酬系が活動することなどがわかっている。赤ちゃんはまわりのおとなの養育なしには生存することはできないため,赤ちゃんに注意が向きやすくなっているのは適応的だといえる。ヒトではさらに赤ちゃんへの好みがほかの動物に対してまでおよぶこともわかっている。

それでは,ヒト以外の種ではどうなのだろう。ヒト以外の霊長類も群れの赤ちゃんに対しては寛容な行動をとる。種によって程度の差はあるものの,母親以外の個体も赤ちゃんと遊んだり移動の手助けをしたりといった養育行動を示す。そこにヒトの認知とのどのような共通点や相違点がみられるのだろうか。ヒトと最も近縁な大型類人猿であるチンパンジーとボノボが同種や他種のおとなと赤ちゃんをどのように見ているのかを視線計測の技術を用いて調べることにした。チンパンジーのおとなの顔は黒い肌をしているのに対し,赤ちゃんは明るい肌色をしている。赤ちゃんの時期に特有な「幼児色」だ。ところがボノボの赤ちゃんはおとなと同じ黒い肌で幼児色はない。この違いはなぜか。彼らの間には赤ちゃんに対する興味にも差があるかもしれない。

視線を計測する

霊長類研究所と熊本サンクチュアリに暮らすチンパンジー15人とボノボ6人に実験に参加してもらった。どちらもそのうち3割程度が男性で,9歳から51歳までという幅広い老若男女だ。彼らはともに群れで生活しており。赤ちゃんとかかわった経験がある。彼らにチンパンジー,ボノボ,ニホンザルの母子の写真を見せ,アイトラッカーと呼ばれる装置で視線を計測した。母子の写真を見せたときに母のほうを見るか,赤ちゃんのほうを見るかを調べた。モニター画像を見ている間は,じっとしてもらうためにジュースを飲めるようにした。そのためみんなよろこんで実験に参加してくれた。結果,チンパンジーはチンパンジーの赤ちゃんをよく見ることがわかった。一方,他種の写真に対しては母子の差がなかった。色の効果を調べるためにチンパンジーの画像をモノクロにしてみた。写真の母子の顔の明るさをそろえるとチンパンジーは赤ちゃんへの選好を示さなくなった。ところでニホンザルにも幼児色がある。赤ちゃんの顔はおとなより明るい肌色だ。その赤ちゃんをチンパンジーは好んで見るわけではないので,「同種の幼児色」のみがチンパンジーの視線を赤ちゃんにひきつけたといえる。こうした赤ちゃんへの選好に参加個体の性別や年齢による差はなかった。一方ボノボは,同種のおとなと赤ちゃんに対する注視時間は変わらず,他種に対してはむしろおとなのほうを長く見るという結果だった。

同種に対する視線をヒートマップで表した
図1-同種に対する視線をヒートマップで表した例 (上:チンパンジー,下:ボノボ)
ジュースを飲みながらモニターを見るチンパンジーのアイ
図2-ジュースを飲みながらモニターを見るチンパンジーのアイ

ヒト科それぞれの関心

同種の赤ちゃんをよく見るチンパンジー,赤ちゃんもおとなもよく見るボノボ。そして種を問わず赤ちゃんを選好するヒト。この三者三様の反応は,その種特有の子育てのしかたや,赤ちゃんの生存リスク,社会的関心などを反映していると考えられる。

チンパンジーでは群れの赤ちゃんを殺してしまう子殺しが報告されている。しかしボノボではそれがみられない。今回の研究ではチンパンジーの幼児色が同種のおとなからの注意をひいていた。チンパンジーの赤ちゃんでは独特の肌の色が進化したことによって,同種のおとなからの注意をひきつけ,攻撃を抑止するのに役立っているのかもしれない。一方,ボノボでは赤ちゃんに特に注意を向けるということはみられなかった。ボノボの赤ちゃんの肌の色はおとなと変わらないが,子殺しがないこともあり,赤ちゃんに特段注意を向ける必要がないのかもしれない。

一方で,ヒトは出産間隔が短く,赤ちゃんは非常に未熟な状態で生まれてくる。そのため母親以外の人も赤ちゃんの世話をすることが,チンパンジーやボノボ以上に重要だと考えられる。ヒトでは赤ちゃんに対する強い関心が進化し,それがほかの種の赤ちゃんにまで拡張されてしまったのだろう。

今後,基本的に単独生活であるとされるオランウータンや,父親が積極的に子育てをするコモンマーモセットなど,さまざまな養育スタイルの種で調べるとさらに興味深い結果が得られるかもしれない。また,今回の研究ではチンパンジーは赤ちゃんに注意が向きやすいことはわかったが,赤ちゃんが「好きだから」見ていたのかについては厳密にはわからない。直接言葉でたずねることができない彼らの答えを,どういう方法を用いれば知ることができるのかが次の課題となるだろう。

この記事は, 岩波書店「科学」2019年9月号 Vol.89 No.9  連載ちびっこチンパンジーから広がる世界 第213回『チンパンジー,ボノボ,ヒト,それぞれの赤ちゃんへの関心』の内容を転載したものです。