Credit: Misato Hayashi / Primate Research Institute, Kyoto University オランウータンの母子:母親のニッキーに食べ物をねだるウィリアム
母親のニッキーと息子のウィリアム

ダナムバレイの野生オランウータン

学問の世界にも地政学がある。霊長類学でいうと、アフリカでの研究はヨーロッパが強い。地中海をはさんで至近だし、植民地支配を通じた長い関係の歴史がある。中南米での研究は米国に地の利がある。日本が活躍するには、同じアジアにすむオランウータンこそ標的にすべきだろう。そう考えて1999年の夏に初めてボルネオに野生オランウータンを見に行った。

サバ州にあるダナムバレイという森だ。森林伐採を担うサバ財団が手をつけずに残した原始の森である。東南アジアに詳しい渡邊邦夫さんに「オランウータンを見に行きたいのですが……」と相談したら、ここを薦めてくれた。前年に京都大学で1回生限定の少人数セミナー「チンパンジー学実習」が始まった。最初の受講生のうち4人を、彼らが2同生になった夏にダナムバレイヘ連れて行った。共著者の林はその1人である。

その後ダナムバレイでは、金森朝子・久世濃子・田島知之さんらが野生オランウータン研究を15年以上にわたって継続している。著者らの教え子であるレナータ・メンドンサもここで博士学位の研究をした。母子関係に着目して観察し、生後3年から徐々に母から離れていく発達の節目があることを発見した。

本年8月下旬に金森さんの案内でダナムバレイの今を見た。4日間の滞在中ずっと観察できたのは、母リング(35歳)と娘のリア(5歳)と、血縁のない若い女性のダナム(8歳)の3個体集団だった。オランウータンはほぼ母子だけで過ごす。子どもは7~8歳になると母のもとを離れるのだが、まさにそういう過程に入ったダナムを見たことになる。母から離れて、別の母子ペアと一緒に過ごして、やがて自らが母となる術を学ぶのだろう。

ペラ州のオランウータン島

初回の訪問から10年後の2009年春にダナムバレイに調査小屋を建てた。在マレーシア日本大使だった堀江正彦さんを介して、同国のEMKAY財閥からオランウータンの野生復帰プログラムへの協力を依頼された。開所式の機会にマレー半島のペラ州にあるオランウータン島(OUI)というその施設を見に行った。所長のサバパティ・ダルマリンガムさんは獣医だ。オランウータンの子どもが生まれると健康管理上の理由で人工保育していた。またすぐ妊娠するから個体数は増える。しかしこれでは子が母から学ぶ機会がない。野生復帰への一歩として、近くのBJ島で野生生活を送らせることを発案した。

相互に行き来を重ね、2011年2月16日に島に3個体のオランウータンを初めて放した。野生由来のアーリン(男14歳)とニッキー(女19歳)、0UI生まれのソーニャ(女8歳)である。林が担当して3個体のその後を追跡調査した。ニッキーは妊娠していたので、同年3月21日に男児ウィリアムを島で産んだ。この子は2歳4ヵ月で亡くなったが、ニッキーは再び妊娠して1年1ヵ月後の2014年9月15日に男児チャチャを産んだ。

島の広さは5.6haで、35科70属102種類の植物があり635本の樹木が繁茂している。食料の補給はしたが、島にあった植物のうち14種を自発的に食べるようになった。島では圧倒的に木の上にいる。放されたその晩から樹上にベッドを作った。休息が減って移動が増えた。森に帰る良いステップになったと思う。

今回の訪問時に残念ながらBJ島計画は頓挫していた。資金が続かないからだ。さらに昨年はOUIが火災の被害があった。 BJ島はうっそうとしたジャングルに戻っていた。一方で、OUI生まれの男性1個体がボルネオのサラワク州の森に昨年初めて戻された。一進一退しながらもこうした試みが続くことを強く願った。

オランウータン研究の展望

オランウータン、テナガザル類、そしてテングザルやキンシコウなど、アジアの森にだけ暮らす霊長類の研究を継続することが日本のユニークな貢献になるだろう。「もうひとつの暮らし」がそこにある。樹上の生活から地上に降りた人類と真反対に、樹上にそのまま居続けることを選んだ者たちだ。オランウータンは現地マレー語で「森の人」を意味する。進化の過程で対極に進んだ者の暮らしから、人間の進化の特徴が逆に浮かび上がるだろう。

社会がそのひとつの鍵だと思う。オランウータンは基本的に単独で過ごすといわれるが、母子の濃密な関係があり、別の母子を教師に子育てを兄習う時期があり、男女が出会う。そうした中で、女性が比較的狭い範囲を動き回っているのに対して、男性はかなり広い範囲を動き回っているようだ。ダナムバレイのばあいは、調査小屋から1日で歩いて帰ってこられる範囲で彼らの行動を見続けてきた。いわば広い地域の一点で定点観測していることになる。こうした定点がほかにもあり、線として、面として、彼らの行動域の広がりをぜひ知りたい。それは男性の一生を知る問いだともいえるだろう。

そうした体制の構築には、日本とマレーシアの双方の研究者の息の長い養成と、現地の優秀なトラッカーを育成確保することと、そうした研究を支えるロジスティクス(支援体制)の構築が不可欠だと思う。わずか旬日のマレーシアの旅だったが、20年、10年という物事の節目で見えてきた問題点が意識された。

なおBJ島については以下の論文で詳述されている。

Hayashi M, Kawakami F, Roslan R, Hapiszudin NM , Dharmalingam S (2018)Behavioral studies and veterinary management of orangutans at Bukit Merah Orang Utan Island, Perak, Malaysia Primates , 59(2): 135-144. https://dx.doi.org/10.1007/s10329-018-0650-2
日本語概説:マレーシア・ペラ州・ブキッメラ・オランウータン島におけるオランウータンの行動研究と獣医学的飼育管理

この記事は, 岩波書店「科学」2019年11月号 Vol.89 No.11 Page: 1024-1025  連載ちびっこチンパンジーから広がる世界 第215回『ボルネオのオランウータン:原始の森と野生復帰プログラム』の内容を転載したものです。