Image Credit: 京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリ
1970年生まれ、49歳のチンパンジー、レノンの敬老会
図2-熊本サンクチュアリのチンパンジー敬老会の様子 (レノン,男性,現在49歳)
「チンパンジーは何歳まで生きるのだろう?」そんな疑問にむきあった論文が2019年10月に発表されました。本記事では、論文を刊行した研究者・ハーバーキャンプさんらに、今回わかったことを一般読者向けに語ってもらいました。

大型類人猿情報ネットワークのデータベース

チンパンジーは何歳まで生きるのだろう?

この素朴な問いに答える科学的な研究は意外に少ない。アフリカの森で暮らす野生チンパンジーの平均寿命を計算した研究がいくつかある。ある研究結果では平均寿命は12.9歳だった。一方,別の研究では32.8歳となっている。算出のもとになった個体数や地域によって結果が大きく違っていて,真の平均寿命がどれくらいだかわからない。

飼育下のチンパンジーの平均寿命を算出した研究がひとつだけあって,23.1歳という結果だ。ただし,これはアメリカの特定の繁殖施設が対象のもので,算出のもとになった個体が偏っている。信頼をおける数値とは言いにくい。世界的にみると,動物園に飼育されているチンパンジーについては,それぞれの国・地域の動物園関係者が情報を収集している。血統登録と呼ばれるもので,基本的には動物園関係者で回覧されるものである。

そこで今回,チンパンジーの寿命を算出して科学的に利用できる情報を提供する目的で,日本の国内に飼育されてきたチンパンジーの情報を見直してみることにした。大型類人猿情報ネットワークと呼ばれる事業で,日本国内で飼育されている類人猿のすべての情報を収集している。

日本で最初の飼育チンパンジーの記録は1921年である。それ以来,現在まで約100年のあいだに,1017個体のチンパンジーが記録されてきた。

日本の飼育チンパンジーの平均寿命

過去約100年,約1000個体の情報から.チンパンジーの寿命を出してみた。まずは,出生年,死亡年,輸入年,輸出年など,寿命を計算するために必要な情報が欠落している個体を除外した。その結果,821個体分の情報から平均寿命を算出することとなった。算出結果は,次の3段階に整理することができる。

まず第1は,821個体すべてを算出根拠にした計算結果だ。チンパンジーの平均寿命は28.3歳だった。性別にみると男性が30.3歳,女性が26.3歳である。数字上は男性のほうが少しだけ長生きのようにも見えるが,男女差は誤差の範囲内だった。また,注意すべきこととして,平均寿命28.3歳という数字には,出生後1歳までに亡くなる乳幼児死亡率が21%と高いことが大きく影響していることがあげられる。

そこで第2に,1歳未満で死亡した個体を除いた寿命を算出してみた。そうすると,平均34.6歳で,性別にみると男性が平均35.7歳,女性が平均33.4歳となった。

第3にチンパンジーで大人の成長段階になる12歳まで生きた個体だけを見てみることにした。そうすると,平均で40.4歳,男性が41.5歳,女性が39.2歳となった。無事に大人になったチンパンジーが亡くなるのは平均40歳前後だ,という結果である。

幸せな暮らしに向けて

チンパンジーの40歳は,見た目にはまだ老けて衰えているわけではない場合が多い。いたって健康な40歳のチンパンジーはたくさんいる。だから平均寿命がすなわち「年老いて寿命をまっとうする年齢」というわけではない。国内の最高齢は68歳で,50歳を超えて生きた個体も少なくない。

日本人の平均寿命がきちんと計算され始めたのは明治以降のことだ。それ以前のことは正確にはわからないが,江戸時代の日本人の平均寿命は28歳だったという推計がある。チンパンジーの数字とほぼ同じだ。ただしこれはチンパンジーと同じく,江戸時代の日本人の乳児死亡率が高かったことによるものだ。0歳で死亡する場合が多いと平均値を下げてしまう。「人間五十年」という言葉がある。天寿をまっとうするのはおよそ50歳くらいだったのだろう。

日本人のばあい,医療の進歩や生活環境の改善とともに乳児死亡率は下がり,平均寿命は伸びていった。現在の日本人の平均寿命は80歳程度である。チンパンジーのばあいも,時代とともに平均寿命は徐々に伸びている。以前はチンパンジーの適切な飼育や治療のしかたがわからずに若くして亡くなる個体が多かった。今は飼育や治療の状況が年々改善されてきた。日本のチンパンジーの平均寿命はこの先もしばらくは伸びていくだろう。

本連載でも繰り返し示されてきたように,チンパンジーはヒトに近く高度な知性を備えている。そして今回の研究によって示されたとおり寿命も長い生き物だ。たとえば今年生まれたチンパンジーが平均して亡くなる30~40年後には,わたしたちはすでに現役の研究者ではなくなっているだろう。生きているかどうかさえもわからない。チンパンジーを飼育する責任を人間がきちんと果たすことができるように,人間の側で世代を超えて将来を見据えた飼育体制を考える必要がある。同時に,チンパンジーの加齢のようすを引き続きしっかりと研究して,ヒトの生活史と老後の幸福を進化的な視点から考える手がかりにしたい。

この記事は, 岩波書店「科学」2019年12月号 Vol.90 No.12  連載ちびっこチンパンジーから広がる世界 第216回『チンパンジーの平均寿命』の内容を転載したものです。