2001年2月21日撮影:平田明浩.提供:毎日新聞社 コンピューター課題に向かうチンパンジーのアイとその息子アユム
コンピューターに向かうアイ(左)とアユム

研究者をあっと驚かせるような「事件」が起きた。アイの息子アユムが,母親と同様にコンピューターを操作し,画面に映し出された「茶」という漢字を見て正しく茶色を選んだのだ。母親が行っている課題を,初挑戦にして1回で見事にこなしたことになる。

アユムは生後9ヵ月半。歯の生え方から見てヒトでいえば1歳後半にあたる。実験の担当者は,クローディア・ソウザさん(25)。ポルトガルからの国費留学生である。名古屋大大学院生の岡本早苗さん(27)らが実験の様子を3台のビデオカメラで記録した。

アイが行っていた課題は,「色を表す漢字の意味を正しく読み取るとごほうびに100円玉がもらえる」,「その100円玉を自動販売機に入れると好きな食べ物を選べる」というものだ。

前半の漢字の識別課題の手順はこうだ。①画面に現れた「問題ください」を意味する白い丸に触る②すると瞬時にそれが消えて両面中央に,例えば「赤」という漢字が表れる③その漢字に触ると,色のついた四角形が二つ選択肢として画面に現れる④正解の色,この場合は赤の方に触れれば100円玉が1枚自動的に落ちてくる—。

アイは,誰もそうしろと言っていないのだが,自発的にお金をためる。数枚ためたところで約2メートル離れた自動販売機に移動し,好きな食べ物と交換する。アユムは,こうした様子を昨年5月から毎日のように見ていた。ただ,じっと見るだけで,これまで一度も自分から画面に手を触れたことはなかった。

2月16日午後2時31分,100円玉を3枚持ってアイが自動販売機の方に移動したとたん,アユムがコンピューター画面の前にやってきた。つかまり立ちしてまず,白い丸に左手を触れた。それが消え,「見本」の漢字が出てきた。たまたまこの試行では「茶」だった。じっと見ていて約3秒後にこの漢字にも手を触れた。すると画面右上の方に二つの色つきの四角形が出てきた。上が茶色で下が桃色だった。床から茶色までの高さは約70センチある。

身長約50センチのアユムは手を伸ばしたが茶色に届かずいったんあきらめた。もう一度つま先立ちして背を伸ばす。またあきらめた。そして三度目は,餌皿の台に両足で登り,踏ん張って上体を持ち上げ,さらに手をぐっと伸ばし,ようやく茶色の四角形に触れた。手近な桃色ではなく,遠くの茶色を明らかに選んでいた。

正解したので,ごほうびの100円玉が落ちてきた。アユムはそれを拾ってしっかりと握りしめ,後はそのお金で遊んでいた。

初挑戦で見事に正解。「茶」という漢字の意味をどれほど理解していたかはまだ分からない。しかし,漢字の識別課題の流れ自体は間違いなく理解していた。

親がやっている様子を繰り返し見る。生後毎日じっと後ろ姿を見て学ぶことによって,子供はいつのまにか,こんなことができるようになっていた。

ホームページの動画でこの様子を紹介している。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年02月26日の、 『親の姿見て課題達成』を転載したものです。