Credit: Primate Research Institute, Kyoto University 石器を上手に使うボッソウのチンパンジー. 西アフリカ・ギニアで
石器を上手に使うボッソウのチンパンジー. 西アフリカ・ギニアで

西アフリカ・ギニアのボッソウの野生チンパンジーは一組の石をハンマーと台にして,アブラヤシの硬い種をたたき割って,中の核を取り出して食べる。野生で知られている最も複雑な道具の使用だ。組み合わせた道具の操作が必要だからである。1歳くらいになると,子供は母親が取り出して食べようとする核を横取りするようになる。同じころ,子供は種や石をもてあそび始める。石を踏んだり,押したり,種を握りしめたり,かじったり。そして1歳後半には種を石に乗せるなど,物と物とを関係付ける行動が突然現れる。

2歳になると,石と石,種と石などといろいろに組み合わせて遊ぶ。3歳では,種を石に乗せておき,もう一つ別の石を持ち上げる,というようなことまでする。ただ,持ち上げた石をそのまますとんと落としてしまう。種を石に乗せ手でそれをたたく。だが,そのときもハンマーとなる石を手に持っていない。

ヤシの種割りは一見簡単そうだが,「物と物とを関係付けた上で,それに第3の物を絡ませる」という,一段深いレベルでの関係付けが必要だ。チンパンジーが持って生まれた能力からみて,これがギリギリの困難な課題なのだろう。

早い子で3歳半,遅い子では5歳でようやく一組の石器を使ってヤシの種割りができるようになる。ただ,まだ上手にはできない。大人はハンマーをガツガツと1~2回振り下ろすだけで核を取り出す。毎分2個のペースだ。そうした洗練されたレベルに達するには10年近くかかる。

興味深いことに,5歳になっても石器を使えない子が2人いることが分かった。石の上に乗せた種を,手でたたいてしまう。あるいは足で踏んづけてしまう。要するに,種と台石とハンマーという三つの物の関連付けができない。2人ともその親は上手に石器を使う。子供のうちの一人は,4歳ころに密猟者のわなが足首に絡んで手足が不自由だった。もう一人は,親が核を与えるのをしぶることが多かった。思い当たる原因である。

この子たちは,6歳,7歳と成長するにつれて,逆にどんどん下手になった。石を組み合わせて使うことをあきらめ,割れかすを拾って食べるようになった。こうなるともう絶望的だ。3歳半から5歳までの期間に,石器使用の学習の「臨界期」があるらしい。臨界期というのは行動学の用語だ。「ある経験の効果が他の時期には見られないほど大きく,永続的で不可逆的な影響を後に残す,そうした限られた時期」のことである。

人間の場合も,母国語となる言語の習得には臨界期があると言われている。大きくなってから言葉の学習を始めても,固有な調音は身に着かない。どこかになまりが残る。楽器を奏でる,自転車に乗る,コンピューターを使いこなす,といった道具使用や機械操作にも同様の傾向がある。子供が育っていく中で,適切な時期に,適切な経験を与えるということが,持って生まれた能力を開花させるために重要なのだろう。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年03月13日の、 『学習には「臨界期」がある』を転載したものです。