チンパンジーの運動場の全景
チンパンジーの運動場の全景

アイとアユムを例に,チンパンジーたちの一日の様子をお知らせしたい。

彼らは,日の出とともに起きて,日の入りのころには寝る。野生でも飼育下でもそうだ。毎朝7時過ぎ,研修員の明和政子さんか,獣医師の道家千聡さんが来る。バナナを与えながら14人全員の健康を確認する。アユムも1本の3分の2を楽に食べるようになった。

午前9時,「ブース」と呼ばれる勉強部屋までアイ母子を誘導する。10時半まで,アイの協力を得て,アユムの発達検査を行う。体重と体温も測る。アユムは体重約2キロで生まれたが,今は4.5キロになった。

すべてが終わると,ひとしきりアイとふざけっこをして遊ぶ。そして「おしまい」と手話で言い,「またね」と握手する。部屋の隅に「行って」,「おしっこをして,シー」と言う。興味深いことに,この1ヵ月ほどの間に4回立て続けに,母親と一緒にアユムも放尿した。見ていて自然に身につけたのだ。

勉強が終わると外の運動場に出る。70種600本ほどの木がはえ,高さ15メートルのトリプルタワーがそびえる。アイはてっぺんまで登り周囲の景色を眺めるのが好きだ。今はちょうど,ジンチョウゲとユキヤナギがつぼみを膨らませている。

11時になると研修員の川合伸幸さんがアイを呼びに来る。数字の記憶や,色と漢字を対応させる課題の勉強だ。アイがコンピューターに向かっている間に,アユムを誘い出して遊びながら検査することもある。

母子は正午に勉強が終わり運動場に戻る。飼育担当の前田典彦さんが順番に昼食を与える。バナナ,リンゴ,ニンジン,イモ,キャベツ,サトウキビなどだ。アイはタワーの上でゆっくりと食事をする。

午後の「授業」の1コマ目は1時半から。勉強してお金を手に入れ,自動販売機で好きな物を買う課題だ。2コマ目は3時から。今はK式発達検査を行っている。曜日によっては,遊具使用の伝播を見ている。アイとクロエというように2組の母子が「プレイルーム」に集う。そこで,親の世代がしている道具使用を子供の世代がどのように引き継ぐかを見守っている。

週1回だけだが,夕方4時から5コマ目もある。アイ母子だけでなく,クロエとパンもほぼ同様のメニューだ。こうした勉強はすべてチンパンジーの自発的な意思によっている。それがここの特徴だ。嫌ならば寝ていてもよいのだが,たいていは喜んでやってくる。夕方4時半になると,学生たちが自発的に集まってきて,夕食をチンパンジーに与えながら遊ぶ。野生でも夕食後のひと時,子供たちはまだ遊ぶ。5時から1時間,子供同士の遊びなどを別室のビデオで記録する。6時,もうチンパンジーは居室の棚のベッドで横になる。夜間の様子を赤外線ビデオで記録する日もある。

以上のような日々で,妊娠中も加えると,全部で2000本を超えるビデオに行動が記録された。技術がどんなに進んでも時の進みを止めることはできない。チンパンジーの赤ん坊の成長する様子を,この映像記録をもとにさらに詳しく調べたい。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年04月02日の、 『アイとアユムの一日』を転載したものです。