京都大学霊長類研究所提供 母アイの親友ペンデーサに抱かれる、チンパンジーのアユム
ペンデーサに抱かれるアユム

5月5日,「こどもの日」の夜,アイとアユムの1年間の記録がNHKで放映された。ディレクターの中村美穂さんら制作にたずさわった多くの方々に深く感謝したい。

いくつかの情景がまぶたの裏に残った。アユムがはしごから床にあおむけに落ち,あわてて駆け寄って抱きしめるアイ。降りしきる雪に煙った塔の上で,アキラが悠然と雪を食べていた。月日はめぐり,息子を胸に抱いたアイの背景に,1年前と同じように桜の花びらが散っていく。

映画のアカデミー賞のようなものがあるとしたら,個人的には,作品賞も監督賞もさしあげたい。しかし,ぜひとも取ってほしいのは,「助演女優賞」のペンデーサだと思った。アユムの成長をすぐそばで見守るおばさん役である。

どのチンパンジーにとっても,生まれたての赤ん坊は珍しくて気になる存在だ。特にペンデーサは,熱心にアイ母子の後をついて回った。アイが止まるとぺンデーサも止まる。アイに毛づくろいするようなふりをして,赤ん坊の足にそっと指を触れてみる。アイはそれをやんわりと手で払う。

アイが,あおむけに寝て,胸に抱いたアユムを手と足で中空に持ち上げた。人間の親がやる「高い,高い」の遊びである。ペンデーサは,そうした母子の様子を,少し離れたところからじっと見守っていた。

アユムは,生後3ヵ月ころから,盛んに笑顔を見せるようになった。ペンデーサはアユムの正面に回って,わざとおかしな顔をして見せる。アユムの頭を軽く手でたたいて,笑顔を誘い出す。

6ヵ月ころから,アユムは母親のそばを離れ,自分でよちよち歩きを始めた。運動場の塔のてっぺんで,アイとペンデーサが互いに毛づくろいしていた。アユムは母親から離れて,ペンデーサのそばに行った。触る。つかむ。それをアイがそっと引き戻す。

5月,運動場の緑がひときわ濃くなった。ユキヤナギの白,レンギョウの黄にかわって,ツツジが花を咲かせた。1歳を迎えたアユムは,運動場の15メートルの塔を自分で登り下りするようになった。アイの座っている台から4メートルほど下にペンデーサが座っていた。アユムは,母親から離れ,はしごを伝ってペンデーサのところまで下りていく。しばらくじゃれあって,また母親のところに戻る。そうしたことを繰り返すうちに,アユムをペンデーサが抱きとめた。

アユムを胸に抱いて,そっと地上まで下りてきた。アユムもしっかりとしがみついている。知らない人が見たら,きっと親子と思うだろう。やがてアイが,急ぎ慌てる様子もなく,後を追って塔から下りてきた。母親の姿を見て,アユムはペンデーサの胸を離れて親の足元に戻った。ペンデーサは,その親子の後をついて行った。

ペンデーサはアイより1歳若い。実の母親に育児拒否され,人の手で育てられた。アイの妹のような存在である。アイの子育てを見て学び,自分で赤ん坊を抱いてみて学ぶ。いつかきっとすばらしい母親になるだろう。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年05月14日の、 『子守をするペンデーサ』を転載したものです。