京都大学霊長類研究所提供
マレーシア領ボルネオのダナムバレーの熱帯林

京都大学総合博物館(京都市左京区吉田本町)が6月1日に開館し,一般に公開される運びとなった。場所は,東大路今出川の「百万遍」交差点の南,体育館と道を挟んだ向かいに位置する。瀬戸口烈司館長はじめ多くの方々がその実現に尽力された。霊長類研究所も,茂原信生教授を中心に展示製作に協力した。

今回,新たに建設,公開されるのは自然史棟である。「フィールドワーク」すなわち野外研究をテーマとして,京大の研究者たちによる成果の一部が展示公開されている。霊長類学のコーナーでは,世界各地で展開している,野生のサル類の生態や行勤の研究,化石の発掘研究,DNA分析を応用した野外研究などが紹介されている。

新たな試みとして,コンピューターのタッチパネル付きモニターを利用した,体験参加型の展示も2種類用意された。「チンパンジー百態」という「ビデオ百科事典」では,野生チンパンジーの森での暮らしぶりや道具使用を画面上で検索して,ビデオ映像としで見ることができる。また,「チンパンジーの知性を探る」展示では,アイが行っているコンピューター課題と同じものを,訪問者が自分で体験することができる。

今西錦司さんや伊谷純一郎さんら,日本の霊長類学をつくって来られた方々のフィールドノート(野帳)も展示されている。野外で克明に書かれた記録に圧倒される。

「砂のついた芋をサルが洗って食べる」というニホンザルの文化的行動は,約50年前に今西さんらのグループが研究した。宮崎県・幸島のサルである。48年,最初の調査のとき,伊谷さんはまだ学部の1回生だった。若い情熱が,新しい学問をつくった。

自然史棟の圧巻は,吹き抜けて再現された熱帯林「ランビルの森」だ。巨木と,その樹冠部の調査をするために作られた「ツリータワー」や「ウォークウェイ」が再現された。生態学研究センターの井上民二教授らの研究を基礎にしている。井上さんは97年9月6日,小型飛行機墜落事故に遭い調査地であるマレーシア領ボルネオ島のランビル丘陵で客死された。49歳だった。「熱帯林の林冠生態学」という新しい研究分野を開拓し,「生物多様性」の重要性を指摘したパイオニアである。

私もボルネオの熱帯林を見に行った。フタバガキ科の巨木が茂り,木の高さは50~60メートルはゆうにある。そのてっぺんの様子は,まだ誰も調査していなかった。そこで井上さんたちは高い塔を建て,空中回廊を作って,木のてっぺんのあたりで暮らす多様な生物の生きざまを初めて明らかにした。発想がユニークで,探検や冒険のにおいのする研究だ。熱帯林のフィールドワークの歴史に,井上さんは鮮やかな光芒を残した。

人は消えても,知のフロンティアを切り開いた仕事は残る。博物館の展示から,フィールドワークを通じて自然を敬愛した人々の思いが伝わってくる。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年05月28日の、 『フィールドワークの伝統』を転載したものです。