西アフリカ・ギニアのボッソウの森から衛星電話がかかってきて,チンパンジーの出産を知った。5月中旬の出産で,母親はブアブア,ちょうど10歳である。出産年齢としては記録的に若い。現地の助手たちが協議して,その女の赤ん坊にべべと名づけたそうだ。これでボッソウのチンパンジーは21人になった。

知らせてくれたのは,英国スターリング大学の大学院生,タチアナ・ハムルさんで,半年間の予定で調査に入ったところだった。指導している外国人学生から,衛星電話で,日本にいながらにしてアフリカの森のできごとを知る。自分が調査を開始して15年,時代は急遽に変わりつつある。

ブアブアと初めて出会っだのは,92年1月だった。生まれて半年もたっていない赤ん坊で,まだ母親べルの腕の中にいた。ブアブアは,フォタユ(女),ヨロ(男)という同世代の遊び友達に恵まれで無事に育った。いろいろな場面を思い出すが,中でも印象に深いのは,「ハイラックスの人形遊び」である。

2000年1月18日の夕方5時,チンパンジーが大騒ぎした。ヨロが,イワダヌキの仲間であるハイラックスを捕まえたのだ。まだ生きでいた。やぶの中で悲鳴と大騒ぎが30分間ほど続いた。騒ぎが収まり,最終的にハイラックスを手にして木に登ってきたのは当時8歳半のブアブアだった。

もう動かなくなった犠牲者を手で持ったり,足で持ったり,肩にかついだり,腹と太ももの間に挟んで運んだりした。

やがてブアブアは,10メートルほどの木の上で,枝をたわめたり折り敷いて,夜のベッドを作り始めた。あおむけに寝て,ハイラックスを胸に抱いて,指や唇で毛づくろいをしたり,四肢でもちあげて「高い高い」をする。夜が更けるまで見ていたが,結局抱いたまま寝静まった。翌朝7時半ころ,同じ場所で発見した。まだ大事に持っていた。ようやく,その日の昼ごろに放棄した。回収してみると,ハイラックスは,体重2.3キロ,体長42センチだった。

アフリカの他の地域に住むチンパンジーでは,ハイラックスを捕まえて食べることが知られている。ボッソウでは,捕まえるが食べない。食べないだけでなく,ブアブアの例では,明らかに「おもちゃ」あるいは「人形」として扱っている。

これまで,同じく8歳半だった女の子のジャが,木の枝を人形代わりに持ち運んでいるのを見たことがある。直径10センチ,長さ50センチほどの木の枝を,「お人形」のように大事そうに小わきに抱えていた。

野生チンパンジーをずっと観察していると,どの回もけっして同じではないのだが,似たような行動パターンに出くわす。チンパンジーの「人形遊び」はごくまれな行動だが,これで共通点が見えてきた。若い女性が,木や動物を相手に,赤ん坊を世話するときと同様な振る舞いをする。たぶん「子育て」の練習なのだう。

アフリカの森の暮らしは,断片的にしか観察できない。ブアブアがお母さんになったと聞いて,その赤ん坊のころからの歳月を思い出し,立派な母親になったことを喜んだ。   

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年06月12日の、 『ブアブアの人形遊び』を転載したものです。