京都大学霊長類研究所提供
アフリカ・ボッソウの野生チンパンジー。推定年齢が40歳の男性

チンパンジーの親子関係や,育児,教育のあり方などについて話をする機会が多い。そこで必ず受ける質問の一つが,「チンパンジーの父親は何しているの?」である。

父親の役割を理解してもらうには,まず社会の仕組みから理解する必要がある。我々が見慣れている二ホンザルの場合,大人になる直前に男性が群れを出て行く。「ハナレザル」とか「ヒトリザル」と呼ばれるサルは,実は皆男性である。生まれた群れを離れてよその群れに入り込む。

野生チンパンジーの場合,大人になる前に女性が群れを出て行く。もちろん例外はあるが,基本的には,女性が思春期になると群れを出て行く社会だと考えられている。

「近親交配」すなわち血が濃くなることを避けようとすると,男の子か,女の子か,その両方が親元を離れるしかない。近親交配を繰り返すと,重い遺伝病の出現率が高くなる。日本では3親等内の婚姻が法律で禁じられているが,生物学的に妥当な理由があるのだ。

社会の仕組みでもう一つ重要なポイントが男女の結び付きだ。ヒトもチンパンジーも同様に,女性には毎月の生理周期がある。ヒトの場合,その排卵と月経を本人は知っているが,他人の目からは隠す方向に進化してきたと考えられる。ヒ卜は,「一夫一婦」的な結び付きを強く持っている霊長類だと言える。なぜなら,いつ女性が排卵するか男性に分からないので,ちゃんと自分の子供を女性に産んでもらうためには,常に身近にいて,他の男性が近づかないように見張っておく必要があるからだ。

チンパンジーの女性は,排卵の時期になるとおしりがピンク色に大きくはれる。「私は排卵ですよ」とアピールする方向に進化してきた。そして排卵の時に,複数の男性が複数の女性とセックスする。「多夫多妻」的な結び付きだと言える。

さてチンパンジーの男性の立場で社会を見てみよう。よその群れから魅力的な新入りの女性がやってきた。そこで皆がセックスをして赤ん坊が生まれてくる。その子は自分の子かもしれないし,別の男性が産ませた子かもしれない。しかし,彼らにとって,それはたいした問題ではない。なぜなら,その赤ん坊は,自分の子供か,自分の父親が産ませた年下の弟妹か,自分の兄弟が産ませた甥姪か,いずれにしろ大事な血縁の子供なのだから。皆,自分の子供のようなものだ。

チンパンジーは,血のつながった男性が共同して,複数の女性とその子供たちを守る。いわば「拡大された家族」の中で「拡大された父親」の役割を果たしている。常に縄張り周縁をパトロールし,人間や他の侵入者から女や子供を守る。それが彼らの第一の役割である。母親と子供が安心して暮らせるように努力する。その意味では,ヒトもチンパンジーも父親の役割に変わりはない。

下の娘から「父の日」のカードをもらった。「アイもアユムもいいけど,もっとゆっくり休んで,おかあさんやわたしの相手もしてね。健康一番です」父親の役割を改めて考えさせられた。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年06月18日の、 『父親の役割は・・・』を転載したものです。