京都大学霊長類研究所提供 粘土をこねるアイと,それをじっと見守るアユム(1歳2ヵ月)
粘土をこねるアイと,それをじっと見守るアユム(1歳2ヵ月)

「アイちゃんはいつも勉強しているの?」「ちょっとかわいそうだね」といった声が聞こえてくる。多分,「勉強」とか「訓練」 「検査」という形容が,実際の内容よりも重く響くのだと思う。確かに,色と漢字を対応させる「国語」の時間がある。アラビア数字を使う「算数」の時間もある。しかし,「美術」の時間もあるのだ。定番は「お絵かき」だが,「砂遊び」や「粘土遊び」もする。

7年前に導入した「粘土遊び」を紹介しよう。中川織江さんとの共同研究である。彼女の研究成果は今春に出版された。「粘土造形の心理学的・行動学的研究-ヒト幼児およびチンパンジーの粘土遊び」(風間書房)。博士学位論文なので表現は硬いが,チンパンジーの粘土遊びを研究した世界初の試みだ。お絵かきは平面だが,粘土遊びだと立体になる。粘土に加えた力が,形としてはっきり残るところもおもしろい。

当時10歳代のチンパンジー女性4人が参加した。アイ,ペンデーサ,クロエ,パン。遊びの手続きは以下のようだ。チンパンジーのいるブースに私が入る。1キロの粘土のかたまりを床の上に置く。その後,基本的に私は何もしない。ただじっと様子を見守る。自由に遊ばせる。粘土で遊んだからといって褒めるわけではない。ご褒美に何かを与えることもない。

実際やってみると,チンパンジーたちは粘土遊びに熱中した。30分間という制限時間を設けたが,ずっと遊び続けることもまれではなかった。

粘土のにおいをかぐ。触る。なめる。ちょっと食べてみる。持ち上げる。持ち運ぶ。投げる。変形させることもある。すなわち,手で押す。たたく。足で踏む。指を突っ込んで穴を開ける。

分割することもある。すなわち,ちぎる。ひねり出すようにちぎる。そうしてちぎった塊を,両方の手のひらで転がして丸める。丸めて「おだんご」を作る。塊を床に押し付け,手のひらで転がすように伸ばして「ひも」を作る。さらに,分割したものを再度寄せ集めて,合体させることもある。

おおまかに言って,ヒトの3歳児がするのと同じような振る舞いをする。

ペンデーサは,塊の中央をくぼませた「器」を作った。そして,両手でこねて作った大小の塊を6個,そのくぼみの中に入れた。「作品」のでき栄えを見てみよう。2歳から6歳までの子供83人に,「カップを作って」と言って粘土を渡す。できあがった83作品にペンデーサの作品を加えた。そして大人に評定してもらった。かめ,うさぎ,器,人,家,木など10個の選択肢の中から,「何に見えるか」を選んでもらったのだ。もちろん,製作者の年齢が高くなるに連れて,作品が「器」と評定される比率も高くなる。その結果,75%の人が,ペンデーサの作品を「器」と評定した。その比率は5歳の子の作品に匹敵していた。

アイが久しぶりに粘土遊びをした。その様子をアユムはじっと見ていた。結局一度も粘土に手を触れることはなかった。アイは力強く粘土をこねる。やがてアユムにもそんな日が来るだろう。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年07月23日の、 『粘土をこねる』を転載したものです。