京都大学霊長類研究所提供
画面の数字が正方形に隠されても,「1」から順番に正しく答えるアイ

アイは,アラビア数字で数を表現することを学んだ最初のチンパンジーだ。5歳のころの話である。赤い鉛筆を使って教えた。1本見せたら1の数字,2本見せたら2の数字をキーボードの中から選べば正解だ。

1と2の区別ができたら3に進む。色を変えても,品物を変えても,正しく6まで選ぶことができるようになった。85年に英科学誌「ネイチャー」に論文が載り,アイの名が国際的に知られるようになった。

その後,0という数字の意味も教えた。0から9までの数字をかなり正確に扱える。そうした知識を基盤にして,記憶の研究をした。アイは五つの数字を瞬時に記憶できる。川合伸幸さん(現・名古屋大学大学院助手)との共同研究である。これも昨年,ネイチャーに載ったのだが,勉強の様子がCNNなどのテレビで放送された。ご記憶の方も多いだろう。

課題は以下の通り。モニター画面に出てきた白い丸に指を触れると,五つの数字が画面上のバラバラな位置に現れる。アイは,小さい数字から大きなものへと,順に指を触れていく。勉強を重ねると,かなり速くできるようになった。毎回,でたらめな数字がでたらめな場所に出てくる。どうしてこんなに速くしかも正確にできるのだろう。

そこで,一番小さな数字を選んだとたん,残りの四つの数字をすべて白い正方形に置き換えてみた。例えば,画面に1,3,4,6,9と出てきたとしよう。1に手を触れたとたんに,残る四つの数字が白い正方形になる。驚いたことに,いきなりこうした「いじわる」をされても,アイはまったく苦にしなかった。正しく,3のあった場所の正方形,次いで4のあった場所の正方形……というように順に触っていった。つまり,一瞬の間に,五つの数字の大小を読み取り,それが画面のどこに出ていたかを記憶している。

アイが最初の数字に触るまでの時間は約0・7秒だつた。まったく同じ課題を大学院生にやってもらった。平均1・2秒かかる。アイと同じ0・7秒で数字をすべて白い正方形に置き換えてしまうと大変難しい。同じ条件で比べて,チンパンジーがヒトより速く正確にできる認知課題もあることが実証された。

ちなみに,子供に「ハイ,言ってみて! 1,3,6,ハイ,どうぞ」と言ってみよう。正しく「1,3,6」と数字列を復唱できるのは約3歳からだ。「3,9,6,1」と四つ言えるのは約5歳,五つの数字は約7歳にならないと復唱できない。大人が瞬時に記憶できる項目数は,いろいろ条件を変えても7プラスマイナス2の範囲に収まる。つまり個人差はあるが,5個からせいぜい9個のものしか記憶できない。アイは六つの数字にも挑戦した。3回に1回くらいしか正答しないが,それでもすごい。なぜなら偶然にできる確率は0.1%ほどでしかないからだ。

文部科学省「特別推進研究」の助成を受けているので,研究成果公開の一環として,「アイの課題を体験できる展示」を作った。ブログラミングの担当は技官の南雲純治さん。この夏,3ヵ所で体験できる 。ぜひ挑戦してみて下さい。

註:名古屋市科学館「からだふしぎ発見」展ならびに日本心理学会公開シンポジウム「心の不思議を探る」での展示は、終了いたしました。京都大学総合博物館の常設展示では引き続きご覧いただけます。
この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年08月06日の、 『数字を記憶する』を転載したものです。