撮影:平田明浩.提供:毎日新聞社

8月9日は,長崎の原爆投下の日だが,パルの1歳の誕生日でもある。Pの音で始まる3世代目のチンパンジー。P家の歴史を振り返りたい。

79年1月,パルの祖母にあたるプチが,祖父にあたるゴンと一緒に,研究所に連れて来られた。当時,2人とも12歳という触れ込みだった。動物商の手を経ていたので来歴が分からない。最近,血液のDNA鑑定により,西アフリカのべルス・チンパンジーの系統だと判明した。小さいときにアフリカの森で捕獲され,人の手を転々と渡って,愛知県犬山市にある研究所にようやづくたどり着いたのだろう。

赤ん坊を作るのが目的だったのだが,ゴンがセックスをしない。仕方なく,獣医師でもある松林清明さんと飼育担当の熊崎清則さんが共同して人工授精を試みた。82年3月7日,日本で最初の人工授精児としてポポが生まれた。プチは,出産したとたん「ギャー」という大きな悲鳴を上げて逃げた。お尻から黒い悪魔が出てきた,という感じである。小さいころから人間の環境で育てられ,仲間との触れ合いの経験が乏しいチンパンジーは,大人になってから困ることがある。男性はセックスができないし,女性は育児拒否する。

ポポは,熊崎さんが人工保育することになった。授乳のため夜は家に連れ帰った。幼い娘さんがポポの良い遊び友達になった。日中は研究所で過ごした。熊崎さんは仕事で忙しい。私も毎日訪れたのだが,遊び相手としては不十分だった。ポポは指しゃぶりをするようになった。大きくなって,ほかのチンパンジーと一緒にしたが,ポツンと一人離れていつも指をしゃぶっていた。人が恋しいのか,人にまとわりついた。

ポポ誕生の2ヵ月後,ゴンとレイコのあいだに人工授精でレオが生まれた。母親は赤ん坊を自分で育てた。プチはその様子を見て過ごしたのだが,その経験は2度目の出産に生かされなかった。83年12月7日,ポポの妹パンが生まれた。ブチはまた「ギャー」と悲鳴を上げて飛び退った。ビデオを繰り返し見ると,子供の頭がまだ出る前にすでに悲鳴を上げ始めていた。1年9ヵ月前の悪夢がよみがえったのだろう。

パンも人工保育になった。ただ,日中ずっと付きっきりで春原則子さんが面倒を見た。獣医の資格を持つ若い女性である。夜寝かしつけるまで一緒にいた。おかげで,パンは指しゃぶりをしない伸びやかな子に育った。パンはポポの実妹だ。当人たちにその意識はないはずだが,それなりに仲の良い関係を築いていった。ただ,妹の方が強い。

昨年,母親のプチ同様に,16歳でパンがパルを産んだ。ポポには赤ん坊が珍しい。母となったパンの姿も珍しい。お乳の出る妹の乳房に口を寄せて,そっと吸った。ポポは,好んでパルの世話をするようになった。毛づくろいしたり,あぐらの中で抱いたりする。母親となったパンも姉には特別に心を許すようだ。パルが9ヵ月のころからは,ポポがパルを抱いて移動する姿が頻繁に見られるようになった。        

母親となって赤ん坊をしつかり胸に抱く。ポポにもそうした日が来てほしい。多分,彼女自身もそう願っているだろう。     

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年08月14日の、 『P家の3世代』を転載したものです。