8月10日,夜8時半過ぎ。研究所のある愛知県犬山市では,夏恒例の花火が上がっていた。ドォーン,ドォーン。音が聞こえてきたので,仕事の手を止めて帰宅することにした。建物のドアを開けて外へ出たところで,左斜め後ろから声をかけられた。「オッ,オッ」。黒い影が呼んでいる。チンパンジーだ。「おい」「誰?」という意味の問いかけである。

ドォーン,ドォーン,ぱらぱら,ぱらぱらと花火が輝く。その明るさでは誰だか分からない。向こうからもこちらが見えないのだろう。いったん戻って,チンパンジーの運動場をのぞきこんだ。止まり木のてっぺんに大きな後ろ姿が見えた。「ゴンおじ」だった。37歳,ヒトでいえば50歳代半ばにあたる。群れで最長老の男性である。「ゴン」という名なのだが,容姿もしぐさもオッサン臭いのと,長者に対する若干の敬意も込めて,「ゴンおじ」と呼び習わしている。

ゴンおじの背中越しに,ひときわ明るく大輪の花火が上がった。ゴンおじは花火を見ていた。しゃがみこんで,腕を体の前で組んで,じっと身じろぎもしない。ややあごを突き出し,面を上げて,天空を見つめている。ぐるりとゴンおじのまわりを一周したが,ずっと花火を見続けていた。

しばらくすると,もう一人の黒い影が止まり木に上ってきた。闇に慣れた目に,レイコだと分かった。ゴンおじとは同い年で,一子レオをもうけた間柄の,いわば連れ合いである。ゴンおじの座っている場所から一段低く,体半分下のところでレイコは止まった。半歩離れて寄り添うような形になった。2人並んで黙って花火を見ている。その様子を見届けて,声をかけずに家路についた。

アフリカのギニアの野生チンパンジーでも,同じような光景を目にしたことを思い出した。早朝から,暮れなずむころまで,チンパンジーの後をついて回るのが調査だ。夕方5時,まだ日は高いのだが,影が長く伸び始めるころだった。チンパンジーの一団が動きを止めた。木の上で休んでいる。木の間隠れに村が見える。日干しレンガで壁を作ったかやぶき屋根の家々だ。

チンパンジーの若者の一人が,大きな枝先に出てきて,向こう向きに座った。片足はひざ立ちにして,もう片足は枝から下へたらんと虚空に垂らしている。足を軽くぶらぶらさせて,片手は別の枝先を握り締めていた。遠く,どよめくような歓声が聞こえる。気がつくと,ちょうど村の中学校の校庭でサッカーの試合のある日だった。娯楽の少ない村では,サッカーの試合は一番の楽しみだ。日中は35度にもなる乾季,夕暮れが近づいて,さすがに気温も下がり出す。老若男女,たくさんの村人が集まってきて試合に興じる。彼の座っているところからは,その様子がきっとよく見えるのだろう。後ろ姿は,いつまでも校庭の方を見ていた。

花火を見上げるチンパンジー,サッカーを観戦するチンパンジー。目に映る景色の向こうに,彼らは何を想っているのだろう。  

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年08月27日の、 『花火を見上げるチンパンジー』を転載したものです。