撮影:平田明浩.提供:毎日新聞社
クレオ(左)と遊ぶアユム

9月半ばの昼下がり。太陽はジリジリと照りつけているが,風は涼しい。ヒグラシが鳴いている。昼にバナナやグレープフルーツを食べたチンパンジーたちは,思い思い日陰で静かに座っている。動いているのは3人の子供たちだけだ。

クレオは,母親のクロエのそばにいた。15メートルの塔のてっぺん近く。母親と一緒に,丸太でできた床板の皮をはいでいた。杉の木の皮をはぐと,細くて長いひものようなものができる。母親が,長さ1メートルほどのひもの一方の端を持ち,クレオはもう一方の端を口にくわえて母親から遠ざかる。ぴんとひもが張りつめる。ちょうど綱引きのような格好になった。クレオはひもをひっぱろうとする。逆に母親はひもを手繰り寄せる。どうということはない。ただそれだけなのだが,母親に近寄っては離れ,離れては引き戻される。即興の綱引き遊びを親子で楽しんでいた。

アユムはパルと遊んでいた。塔の中段あたり,近くに大人はいない。塔の支柱のてっぺんを守る覆いに,深さ5センチほど雨水がたまっていた。アユムが水面をのぞき込むと,パルも近づいてきて一緒にのぞき込んだ。アユムがその場を離れて歩き出すと,パルも後ろをついていく。アユムは口ープを伝ってするすると下り始めた。パルもロープに手をかけた。すると,アユムが逆にロープを登り始めて,パルを通り越してその上に出た。まあるく口を開けた「遊びの顔」をしながら,パルを足で踏みつける。パルはその足を手で払いながら,アユムを追いかけるように登っていった。パルもまあるく口を開けている。

アフリカの森でチンパンジーの行動を観察するとき,視野にいる全員のすべての振る舞いを同時に見ることはできない。そこで「フォーカル・アニマル」という方法を使う。観察する個体をあらかじめ決めておいて,ずっとその個体だけを見つづける方法だ。例えば,アユムだけを見ていると,誰が近くに来るか,そこでどんなかかわりが生じるか,逐一見ることができる。「タイム・サンプリング」という方法も併用する。時計を30秒に1度ピッと鳴るようにセットしておく。ピッと鳴ったときに,何をしていたかをノートに記録する。寝ていた。起きて座っていた。移動していた。毛づくろいをしていたーなどである。誰がそばにいたかも同時に記録する。

「最も近くにいるのは誰?」という問いが面白い。個人差が大きい。1歳3ヵ月のクレオの場合,日中の約6割は,母親が近くにいる。クロエは子供を手放すのがきらいなようだ。何かというとすぐにクレオを胸に抱き取る。1歳1ヵ月のパルは約5割,1歳5ヵ月のアユムは約3割しか,母親の近くにいない。では誰がそばにいるかというと,アユムにとってはペンデーサおばさん。パルにとってはポポおばさん。そして,子供たち同士がよく一緒にいることが分かる。

子供たちは段々と母親から離れてその世界を広げていく。もっとも夜中は,3人ともまだ母親の胸にしっかりと抱かれて眠っている。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年09月17日の、 『昼下がりの子どもたち』を転載したものです。