京都大学霊長類研究所提供 チンパンジーの運動場とトリプルタワー
チンパンジーの運動場とトリプルタワー

日本には371人のチンパンジーがいる。アメリカには約2500人がいる。ヨーロッパ諸国などそれ以外の国々にも千人ほどいるらしい。つまり,故郷であるアフリカの森を離れて暮らす者が合計4000人程度いる。さまざまな事情からこうした都会に暮らしているチンパンジーたちのことを考えたい。

アフリカの野生チンパンジーは,最近は4亜種に分類されるが,総数は10万人弱と推定されている。「アーバン・チンパンジー(都会のチンパンジー)」は,全体の約4%を占める,いわば第5のグループと言ってよい。

アフリカ各地から連れて来られた者とその子孫たちで,亜種間の交雑が進み始めている。混血の比率は約15%である。私たちが調査している西アフリカ・ギニアのボッソウの野生チンパンジーは,この25年間,群れの大きさはほぼ一定だ。最多で21人,最少で17人,平均19人である。

彼らが歩き回る森の範囲を特定すると,その広さは約6平方キロ,つまり600万平方メートルだった。概算で,1人当たり30万平メートルを超える広さだ。

一方,愛知県犬山市の京都大学霊長類研究所に,老若男女3世代にわたる1群14人のチンパンジーが暮らしている。その点ではかなりボッソウ群に近いが,居住面積は約1400平方メートルである。1人当たり100平方メートル,つまり10メートル四方の広さだ。これでも日本で最大規模の広さなのだが,野生の約3000分の1しかない計算になる。

都会のチンパンジーの暮らしを,野生のそれに少しでも近づけたい。それが彼らにとっての幸福だと思う。三つの点で隔たりを埋める工夫が可能だ。仲間,高さ,食物メニューである。

人間と同様,チンパンジーも仲間が必要だ。日本では,51の動物園を含む57施設に分かれて暮らしている。そのうちの21施設で,1人か2人しか飼育していない。野生のコミュニティーは数十人の規模だ。しかも三々五々集まって,離合集散を繰り返している。独りぼっちのチンパンジーは,チンパンジーとは言えない。仲間のいない暮らしを解消するために統廃合が必要だろう。

チンパンジーは日中の約半分を樹上で過ごす。夜は木の上に枝を折りしいたベッドを作って眠る。地上で暮らす人間とは違い,高い所が本来のすみかなのだ。霊長類研究所では,98年に高さ15メートルの塔「トリプルタワー」を建てた。日中の80%を彼らはこの「樹上」で過ごしている。広さの足りない分を高さで補う工夫でもある。

チンパンジーは,果実を好むが,狩猟して肉も食べるし採集した昆虫も食べる。何でも食べる雑食性だ。食物メニューは数百に達する。動物園では,10種類以下の定食メニューが多い。私たちは「年間100品目」を目標にいろいろな物を食べさせている。運動場に植えた木や草も重要だ。おいしくはないが,いつでも自由に食べられる。

親がいて,兄弟がいて,仲間がいて,太陽を浴びて,高いところに登れて,木や土や水があり,食べたいときに食べられる暮らし。そうした基本的な食住環境を,都会のチンパンジーにも与えたい。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年09月24日の、 『「都会暮らし」の仲間は』を転載したものです。