京都大学霊長類研究所提供 2001年のチンパンズー会議に出席したジェーン・グドールさんと松沢哲郎教授
チンパンズー会議に出席したジェーン・グドールさん(右)と私

ニューヨークの惨劇から9日目に出て,アメリカ西海岸を1週間余り旅してきた。ポートランドで「チンパンズー会議」に出て,カリフォルニア大学バークリー校で講演し,サンフランシスコ郊外に暮らす手話のできるゴリラのココに会った。チンパンズーでの話をしたい。

チンパンジーに動物園(ズー)をかけて「チンパシズー」。動物園のチンパンジーにかかわる人々の集いである。野生チンパンジー研究の第一人者ジェーン・グドールさんが主宰し,84年から毎年1回会議を開いている。北米を中心に19の動物園などが参加している。 

チンパンジー研究者・学生,野生の保護活動家,動物園で働く飼育担当者やボランティアなど,幅広い人々が集まった。研究者としては,グドールさん,ボノボ(別名ピグミーチンパンジー)のカンジに図形文字や話し言葉を教えているスー・サべージさん,そして私の3人だった。

最終日に,ポートランド大学で,グドールさんの講演があった。一般市民も多数参加して2000人近い聴衆である。グドールさんが静かに話し始めた。野生チンパンジーの孤児,メルという男の子の話。母親が病気で死んだ。こうした場合,兄や姉が孤児の面倒をみることが多い。あいにくメルには兄も姉もいなかった。結局,スピンドルという若い男性がメルの面倒をみた。いつも一緒に行動し,毛づくろいをし,夜は木の上に作ったベッドで一緒に眠った。実は,そのスピンドル自身が孤児だったそうだ。

次は,動物園のチンパンジーの話。チンパンジーのジョジョは大人の男性だ。人間の家庭で育てられ,その後,動物園に連れてこられた。すでにいた別のチンパンジーだちと折り合いが悪く,彼らに攻撃されて逃げ回るうちに水濠に落ちてしまった。チンパンジーは泳げない。必死にもがきながら沈んでいく。すると観客の中から男が進み出て,飼育員の制止を振り切って濠に飛び込んだ。

男はジョジョの腕をつかんで岸に泳ぎ着き,なんとかジョジョを押し上げるととに成功した。チンパンジーの大人の男性は力が強い。犬歯も大きく鋭い。「怖くなかったのですか」と記者が男にたずねた。水に沈んでいくジョジョの目が,「誰か,私を助けてくれる人はいませんか?」と必死に訴えているように見えたそうだ。

チンパンジーがチンパンジーを助ける。人間がチンパンジーを助ける。困っている者に手を差し伸べる。それは人間とチンパンジーが共有する本性なのだとグドールさんは言う。

世界貿易センタービルの事件があり,怒りや憎しみをもって,それに応えようとする動きが満ちている。怒りは怒りを生み,僧しみは僧しみを生む。人間の知恵は,もっと違うかたちの解決を生むことができるはずだと彼女は言った。

1時間を超える話に一枚のスライドもない。ただ淡々と語られた。講演の後,サインを求め握手を求める人々の列が続いた。一人一人に丁寧に答えた。最後の人は2時間半待ったことになる。言葉のもつ重みに触れた。

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年10月01日の、 『チンパンズー会議』を転載したものです。