京都大学霊長類研究所提供 チンパンジーのこどもたち
アユム(右・1歳6ヵ月)が茂みをのぞき込むと,その肩に手をかけパル(1歳2ヵ月)ものぞき込む

秋色が濃い。季節の移り変わり以上に,子供たちの変化が著しい。アユムは,「アーアーウー」と盛んに声を立てるし,毛づくろいも始めた。これまでされるままだったのに,急に自分から始めるようになった。母親を毛づくろいし,私を毛づくろいする。日中は,母親と一緒の方が珍しいくらいで,母親から遠く離れて,ペンデーサおばさんに抱かれたり,クレオやパルと遊んだり,一人で歩き回って冒険している。15メートルの塔のてっぺんに張られた口ープを伝い歩く姿も見られた。

クレオも母親から独り立ちしている。運動場から天井通路を通って勉強部屋の床まで,延々と一人で歩き,登り降りできるようになった。クロエとクレオの母子を担当しているのは助教授の友永雅己さんだが,アユムが私にするのと同様に,クレオは友永さんを毛づくろいし始めた。パルも,勉強部屋で母親から離れて天井まで登ったり,一人で動き回る。1歳2ヵ月から1歳6ヵ月を迎える3人の子供たちが,それぞれ新たな世界を築きあげ始めている。「3人組」と呼べる仲間関係もできてきた。アユムが動くと,つられたようにクレオやパルも動き出す。子供たちだけで連れ立って歩く姿が目立つようになった。

チンパンジーの子供を見ていると,ごく自然に人間の子供の姿が重なる。両者はとてもよく似ている。しかし,どうにも違和感を抱くこともある。セックスがその好例だろう。アユムは,この夏ごろからセックスのまねごとを始めた。クレオやパルの背後から抱え込むようにして腰を前後に動かす。

子供同士だけではない。アユムは,ペンデーサやマリやプチといった大人の女性,頻度は低いが母親のアイとも,セックスのまねごとをしている。この場合,大人の方から誘っているふしがある。はいつくばった姿勢で,おしりをわざとアユムの方に向けるのだ。小さなペニスをぴんと立てたアユムが,2足立ちになって腰を前後に動かす。まだ格好だけとはいえ,「おうおう,一人前に!」という感嘆と,「よくまあ,あんな小さな子が!」という当惑とが入り交じった複雑な気持ちがする。

アユムー歳半。20本の乳歯が生えそろっている。人間で言えば,ちょうど3歳を過ぎたくらいだ。3歳でセックス!と言っても,アユムが特別にマセているわけではない。西アフリカ・ギニアのボッソウの野生チンパンジーでも同様な姿をよく目にする。もう少し大きい3~4歳のチンパンジーなら,2足で立ち上がって,両腕を高く差し上げ,相手に腹部を見せてペニスを誇示する。ボッソウの文化的伝統といえる大人の求愛のしぐさでは,大枝に腰かけた姿勢から女性を誘う。手近な枝を片腕でつかんでバサバサ揺らし,片足のかかとをトントンと踏み慣らし,相手の気を引いたところでペニスを立てて上下に振る。

アユムのしぐさはまだ「ごっこ遊び」の域を出ていない。また,人間の目には奇異に映る。しかしそれは,チンパンジーとしては本来の姿なのだ。仲間との暮らしの中から,チンパンジーらしい子供が着実に育ちつつある。      

この記事は, 毎日新聞 連載"松沢哲郎のチンパンジーは進化の隣人" 2001年11月05日の、 『友達と新しい世界へ』を転載したものです。